ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『女王陛下のお気に入り』(2018)ヨルゴス・ランティモス:監督

 この作品は1998年にデボラ・ディヴィスの書いた脚本から始まり、その10年後にプロデューサーのエド・ギニーがその脚本を読み大いに興味を持ち、ランティモス監督に映画化の話を持ち込んだ。ランティモスは脚本家のトニー・マクラマラと協力し、脚本を新しくリライトした。トニー・マクラマラは、ランティモス監督の最新作『哀れなるものたち』の脚本も担当している。

 物語は18世紀初頭のイングランドのアン女王(オリヴィア・コールマン)と、女王に大きな影響力を持ったマールバラ侯爵夫人サラ(レイチェル・ワイズ)、そして没落貴族の娘だが遠縁のサラによって宮中に召し抱えられ、女王の信頼を得るにいたるアビゲイルヒルエマ・ストーン)の3人の、政治と愛と権力とをめぐるドラマであり、多くは「史実」に基づいている。

 アン女王は健康にすぐれず、その治世にもほとんど関心を示さず、彼女がそれまでに死産したり流産した17人の子にちなんだ17羽のウサギをかわいがるのである。若い頃から彼女の親友であり、顧問であり、また秘密の愛人でもあるサラは、女王への影響力によって実質的に国を統治している。時はまさにスペイン継承戦争の渦中にあり、イングランドオーストリア側についてフランスと敵対している。サラは戦争を拡大し、国民への増税を画策しているが、国会野党のハーリーは講和を望み、増税に反対している。
 そんなとき、サラの遠縁で父親の賭博のせいでみじめな生活を送るアビゲイルが、サラを頼って宮廷に職を求めてやって来る。初めは女中として働き始めたアビゲイルは、アン女王の痛風の痛みをやわらげる薬草を知っていたおかげで出世、個室を与えられサラの侍女となる。
 あるときアビゲイルはアン女王とサラとがベッドを共にしている現場を目撃してしまうが、その後、アビゲイルは多忙なサラの代理にアン女王の遊び相手にされたとき、うまく立ち回ってアン王女の信頼を得て、やがて深い関係へと進んで行き、アン女王は増税案の取りやめを皆に伝えたりする。
 アン女王へのアビゲイルの関係を知ったサラは、アビゲイルが女王の本を盗んだとして侍女の地位を解こうとするが失敗。危機感を抱いたアビゲイルは、サラの飲む紅茶に薬を入れて彼女の乗馬中に気絶させ、サラは領内の売春宿で目を覚ます。
 アン女王はサラがいなくなったのは自分を捨てたのだと思い、アビゲイルとの関係を深めて行き、アビゲイルを若くてハンサムなマシャム大佐との結婚を許し、前のサラの地位にアビゲイルをつける。
 傷だらけになったサラは宮廷に戻り、あれこれあるのだけれども、けっきょくサラは夫と共に宮廷から追放されてしまう。さて、あとはアビゲイルの思うがままであろうが、あることをきっかけに、アン女王はアビゲイルの冷たい心を知るのではあった。

 とにかくまずは、オリヴィア・コールマンレイチェル・ワイズ、そしてエマ・ストーン3人の演技合戦の面白さであろう。この作品でオリヴィア・コールマンアカデミー賞の主演女優賞を獲得するわけだけれども、ユーモアを含み持たせながらも「躁うつ」的な不安定さもみせ、全体のドラマ構成の「かなめ」となる演技をみせる彼女、やはり素晴らしい。レイチェル・ワイズの役どころは「理性をめったに失わない」冷徹な女性というところで、その演技によってほかの2人を引き立てるような立ち位置ではあっただろう。そこに、エモーショナルでドラマチックな浮き沈みの演技のエマ・ストーンも見ごたえがあった。
 珍しくも、女性たちだけで政治も切り盛りするような展開の映画で、白塗り付けほくろ、モサモサのウィグをかぶった男性たちはその姿だけでも滑稽だし、どこまでも「わき役」という位置にある。

 それぞれの作品で撮影スタイルを変えているランティモス監督だけれども、この作品では「超広角レンズ(ほとんど魚眼レンズ)」を使っての撮影を多用していた。
 夜のシーンは「ろうそくの光」だけで撮影しているようで、「それって、キューブリックの『バリー・リンドン』?」とか思うのだが(18世紀の宮廷が舞台というだけでも『バリー・リンドン』っぽいのだが)、だいたいがこのランティモス監督、『籠の中の乙女』でも『シャイニング』を思わせるシーンを撮っていたし、『聖なる鹿殺し』の病院の廊下のステディカム撮影も『シャイニング』だった。どうも毎回、キューブリックのことを意識されている監督なのかもしれない。
 『籠の中の乙女』、『ロブスター』と、動物虐待シーンを続けて撮って目をそむけさせた監督だが、今回「ウサギ」が登場して来たときには、「うへえ、今回はウサギ虐待かよ!」とは思ったのだが、そこまでのことにはならなかった(ただ踏みつけるぐらい)。まあ「鴨撃ち」の鴨は犠牲になったみたいだったが。
 あと、『籠の中の乙女』での姉妹の珍妙な「オフビート」なダンスにつづいて、この作品でも女王陛下の前での舞踏シーンで、「そのダンス、何よ?」という、珍妙奇天烈なダンスを見せてくれた。こういうセンスは大好きである。

 今までのヨルゴス・ランティモス監督の作品はどれも、不条理で気色悪い作品ばかりだったので心づもりして観たのだったが、今回は、監督の「まじめな顔をしたユーモア」というものを楽しめた気がする。