ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

2026-06-01(Mon)

 6月になった。この日の地元の最高気温は33.3℃と、猛暑日の一歩手前にまで気温が上がった。わたしはいつもの月曜日のように「ふるさと公園」へと歩いたが、わたしが出かけた朝の9時半ごろはまだ、そこまでの暑さは感じなかった。
 「ふるさと公園」への途中の「手賀沼ふれあいロード」の桜並木の枝に1個だけ、ほのかに赤く色づいたさくらんぼの実がなっていた。ソメイヨシノには本来さくらんぼはできず、こうやって実がつくのはとっても稀なケースなのだ。これはこのソメイヨシノの近くに咲いていた別種のサクラの花粉が、がんばったミツバチくんとかに運ばれてきて実ができちゃったのだ。珍しいモノだけれども、まったく美味しくはないらしい。
 写真を撮ってみたけれども、これはデジカメの苦手な被写体でピンボケになってしまう。何枚か撮って、いちばんマシだったのをアップしておく。

     

 「ふるさと公園」では、木の上で「ジッ、ジッ」という鳥の鳴き声があちこちから聞こえてきた。探したけれども、その鳥の姿はけっきょく見られなかった。鳴き声からするとシジュウカラ、だったのではないかと思うが。
 この日も姿を見せてくれた鳥の種類は少なく、ムクドリとドバトばかり。でも公園の中の小さな池のところに、カワセミではないかという青い鳥が飛んで来て、近くの木の枝にとまった。木の葉の影に隠れて姿が見えないのだけれども、その木の枝から池にダイブして、またすぐに飛び立ってしまった。ハンティングの瞬間、だったのだろう。「やはりカワセミだったか」とは思ったが、こういう「瞬間の技」は、わたしには撮影はムリだなあ。
 それでカワセミの代わりに、すぐ近くで出会ったハシボソガラスの写真を撮った。ちょうど木漏れ日を浴びて、艶やかな羽根が美しく見える(手前のタンポポの綿毛が、ジャスト邪魔だ)。わたしは、ハシボソガラスが好きなのだ。

     

 この日は、公園の中にも公園を出たところにも、コブハクチョウの姿は見られなかった。ひょっとしたらもう当分のあいだ、コブハクチョウには出会えないかもしれないと思う。

 公園からの帰り、公演のそばのドラッグストア、それと駅のそばのスーパーとで買い物をして帰ったのだけれども、今日はとっても「お買い得」な買い物ができた。
 まずドラッグストアでは、小粒ないちごがたっぷり1パックで100円(税抜き)。普段いちごなんて高いから買わないけれども、100円なら買っちゃいますよ。
 そして駅前のスーパーでは、トマトが1パック100円で、小ぶりのトマトが6個入っていたのを2パック買った。そしてキャベツが(ちょっと小さいけれども)1玉39円なのだ。ついでに、半額で125円(いずれも税抜き)だったりんごパンも買った。このスーパーで売られているパンは自家製の直売で、すっごく美味しいのだ。
 トータルで税込み500円ちょっとだったが、普通に買えば1200円ぐらいはしただろう。

     

 さて、ニュースを見ていると、高市首相は「ナフサ問題」もちゃんと処理出来ていないというのに、「国旗損壊罪」っつうのを本気で成立させようとしているらしい。「消費税減税」もまだだというのに。
 どうも報道を読むと、この「国旗損壊罪」というのは実にアバウトなモノらしく、「人に著しく不快な方法で『公然と』国旗を傷つけたり汚したりする行為」は罪に問われるといい、「アニメ・ゲーム・漫画などの創作物」、「お子さまランチの国旗」は対象外とするらしい。これはめっちゃあいまいな法律案で、だいたい罪に問われるそもそもの「不快な方法」で言う「不快」を感じるのは誰なのか。みんなが「どうってことないじゃん」と言っても、例えば警察官が「いや、不快だね」と言えば罪に問われるのだ。どんだけ恣意的なモノだろう。
 そして、「アニメ・ゲーム・漫画などの創作物」は対象外にしちゃってるが、この立案した人は例えば漫画の「パワー」をご存じない。漫画というものは、それこそ誰が見ても(読んでも)「不快の念」を感じずにはいられないものを生み出すことができるだろう。見くびってはいけない。そして、「お子さまランチの日の丸」だって、ぐっちゃぐちゃにして「うへ~」と不快感を感じさせることはできるよ。そういうのをやって、「これはお子さまランチですから」ということはできる。つまり、抜け穴だらけの法律にはなるだろう。
 そもそも、こんな法律で国民に「国家への忠誠」を強いるようなことをやろうとするなんて、まさに「前時代的」というか、「北朝鮮的精神」というか、あきれてしまうのである。
 ネトウヨ諸氏らは「国民が国旗を敬うのは当然のことだろう」などとのたまうが、それが彼らの大っ嫌いな中国や北朝鮮に似通ってしまうことをどう思うのか。国旗を敬わなければ生きていけないなんて、そりゃ異常だよ。と思うのであった。