しばらくは夜中に「狭心症」の症状は出ていなかったのだけれども、昨夜とこの夜と2日つづいて症状が出てしまい、苦しい思いをした。でも昨夜も今夜も「ニトログリセリンのお世話にならずに、もうちょっと辛抱してみるか」と思っているうちに症状も治まってしまい、いつの間にかそのまま眠ってしまっていた。
自分でわからないのだけれども、そうやって「狭心症」の症状が出て、それで「ニトログリセリン」のお世話にならずにやり過ごしたら、「いやあ、がんばったね」とほめてもらえるようなことなのか、それとも、「狭心症」の症状が出たと思ったらためらわずに「ニトログリセリン」を服用すべきなのか、わからない。とにかく「ニトログリセリン」は「狭心症自体を治癒する薬品」ではなく、ただ「一時的に、苦しい狭心症の症状を軽減(消滅?)させる」だけの、言ってみれば水中で息ができなくなったときに救済する「酸素ボンベ」みたいなもので、けっきょく人は水中で暮らすことは出来はしないのだ。まあ全然「勘違い」、「意味わかんない」比喩だけれども、わたし的にはそういう感じがする。
そういうことで、「ああ、昨夜も<狭心症>の症状が出ちゃったなあ」と、目覚めても元気が出ない。まあ、「元気が出ない」のはこのところの日常ではあるのだけれども。
それでもがんばって、午前中に北のスーパーへ買い物に出かけた。この日もピーカン照りの快晴で、このあたりも午後にはジャスト30.0℃の「真夏日」になってしまった。もうわたしも、外に出るにも半袖Tシャツで出かけるようになった。
気になる「ツバメの巣」を覗いてみたが(あんまり近くから覗くと親ツバメが警戒してしまうから、道路の反対側からとか覗くことにしておく)、この日は親ツバメの姿は見られなくって、巣の中からは雛が顔を出しているようだった。ついつい、道路を渡って巣のすぐそばから観察し、撮影してしまったが、2羽か3羽の雛はいるようだった。巣から顔を出し、親ツバメがエサを運んでくれるのを待っている。わたしが巣のそばにいると親ツバメが巣にやって来なかったりする。ごめん。

今日はスーパーでブロッコリーを買うつもりでいて、前回このスーパーに来たときは1株199円とかして、「うわあ、急に高くなったなあ」と思っていたのだが、199円でも我慢して買おうか、と思っていた。ところがこの日のブロッコリーはなんと299円もしていて、「それは買えないなあ」という感じだった。安いときは1株百円ぐらいで買えるのに、値段の変動の大きい野菜だ。
帰宅して、昼食はきのう駅前のスーパーで買った生のチャンポンを調理してすませ(とってもおいしかった)、また例によってベッドに行って読書しようとして、そのまま寝てしまうのだった。
実は、読んでいる『キャッチ=22』は、下巻になって正直言ってあんまり面白くない感じになり、読んでいて眠くなってしまうのだ。上巻は読んでいて吹き出してしまうことがよくあったのだけれどもなあ。
それでもこの日はネットに、イギリスのガーディアン紙が選んだ「世界の小説ベスト100」というのが掲載されていて、この『キャッチ=22』も97位に選出されていたのだった。「ベスト100」に選出されるということだけでも大したもので、トマス・ピンチョンなんか一作も選ばれていなかったのだし、日本の小説も選ばれていなかった。
まあ1位がジョージ・エリオットの『ミドルマーチ』だったり、2位がトニ・モリソンの『ビラヴド』だったりと、クセのある「ベスト100」だったけれども(3位がジョイスの『ユリシーズ』だった)。
そういうわけでまた「昼寝」をして、「大相撲中継」の時間に起き出してテレビを見る、というのが最近の日課、スケジュールになってしまっている。テレビ中継はないのだけれども、十両の玉正鳳は勝ち、炎鵬は敗れてしまって、どちらも7勝3敗となった。
幕内ではようやっと玉鷲に「初日」が出て、皆が大喝采なのだった。そしてただひとり「1敗」でリードしていた大関の霧島は、なんとこの日正代にはたき込まれて敗れてしまった。
これで2敗力士は6人っつうことになり、一気に「混戦」モードになってしまった。そして明日はその霧島と若隆景との取組みが組まれ、「そういう取組みは千秋楽にとっておけよ」という感じ。