ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

2026-04-13(Mon)

 この日の最高気温は25℃、最低気温も12.9℃と、またも夏日になってしまった。わたしは午前中に「ふるさと公園」へと歩き、長袖のTシャツの上にパーカーを羽織って家を出たのだけれども、やはりもうパーカーは暑いのだ。

 「ふるさと公園」への道、「手賀沼ふれあいロード」の桜並木にはまだいくらかサクラの花は残っているけれども、もう今年のサクラはおしまい。季節はしっかり「初夏」だろう。
 この日のわたし的「ふるさと公園」のスターは写真の鳥、「セグロセキレイ」だ。実はわたしも、この鳥はよく見かけるハクセキレイだろうと思っていたのだが、けっこうきれいな写真が撮れたので、帰宅したあとに「Google Lens」をかけてみたのだけれども、「セグロセキレイ」ですよ、ということだった。
 そもそも「ハクセキレイ」に似ているので間違えやすいらしいけど、「ハクセキレイ」のように眼のところに白い線が入っていない。主に水辺に棲むということで、まさにコレは「セグロセキレイ」なのだ。けっこう縄張り意識の強い鳥で、同じ「セグロセキレイ」であっても「ハクセキレイ」であっても、追いかけ回して自分の縄張りから追い出すらしい。個々には「ハクセキレイ」よりは強いらしいけれども、数的な問題で、今は都市部の水辺でも「ハクセキレイ」の方がのさばっているらしいのだ。「セグロセキレイ」、これからはこの鳥もあまり見られなくなるかもしれないのだな。

     

 この日もコブハクチョウはしっかりと巣ごもりをしていて、そのペアのコブハクチョウも近くにいて、巣ごもりしているコブハクチョウを見守っていた。
 もう近々には、ずっと温めていた卵も孵化すると思う。ゴールデンウィークになると、親子でスイスイと池を泳ぐコブハクチョウ家族の姿が見られることになるだろう。

     

     

 この暖かさ(暑さ)で、昨夜はついにニェネントくんはベッドの上にやって来なかった。「毛布があれば来るだろう」と、無理して毛布もかぶってみたが、やはりけっきょくニェネントくんはベッドの上にはやって来なかった。
 今日も暑かったから、今夜もニェネントくんはやって来ないことだろうと思っていたのだが、夜中にわたしがトイレに立ってベッドに戻ったあと、不意にニェネントくんはベッドの上に跳び乗って来てくれたのだった。毛布もかぶっていなかったのに、うれしいことだ。
 ニェネントくんはそんなに長いことベッドの上には滞在せず、しばらくしたら(10分ぐらい?)ベッドから降りて行ってしまったが、毛布がなくってもベッドの上にやって来てくれたということで、これからの季節に期待が持てるのだった。

 ハンガリーでは12日、議会の総選挙があり、新興野党が圧勝した。独裁のオルバン・ヴィクトル首相は敗北を認め、16年ぶりに政権交代が実現することになった。オルバン政権は独裁体制を敷いていて、野党を支援する国内のメディアも皆無だったという。
 長期政権を率いてきたオルバン氏は、ロシアのプーチン大統領やアメリカのトランプと親しいことで知られていた。それだけに、ロシア、アメリカ両国にとっても、ヨーロッパの将来にとっても、この選挙結果は重要だ。

 一方、日本でも日曜日には「練馬区長選挙」の投票日だったのだが、現職引退で3人の新人が争ったなか、自民党推薦の候補はみごとに敗れ、「完全無所属」であった候補(共産党・社民党は応援したが)が勝利した。
 これで自民党は先の石川県知事選挙、清瀬市長選挙から連続して敗北していることになる。今回の練馬区長選挙の争点のひとつが「練馬区立美術館」の改装工事費が膨らんだということで、これは前の清瀬市長選挙で「市立図書館」が争点になっていたことを思い出すのだが、今回自民党候補を推したのは小池都知事だったということで、「小池都知事の敗北」という側面もある。
 自民党は「高市信者」の推しで「自民党無敵」と思いたいのだろうが、じっさい地方選では負け続けている。「自分の住む場所で自分の生活を守りたい」という人たちにとって、高市が「悲願」であるという「消費税減税」をいつまでもやろうとしないことは、「自分の生活は守ってくれない」という思いが強くなるのではないのか。
 じっさい、今げんざいも「ホルムズ海峡の閉鎖」によって、プラスチック原料の「ナフサ」などの石油由来製品調達が不安定になっているわけだが、高市は「ナフサ由来の化学製品は枯渇しない」と語ったという。しかし「供給網の持続可能性」については語ることがなく、そんな高市発言にもかかわらず、国内企業ではナフサ調達の不安が広がっているのが現実である。
 もはや高市はトランプと同じように「口を開けば息をするようにウソを吐く」状態の妖怪になっている。まず、そのことを多くの人が知るべきだろう。