ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『旅と日々』(2025) つげ義春:原作 三宅唱:脚本・監督

  

 原作はつげ義春の『海辺の叙景』(1967)及び『ほんやら洞のべんさん』(1968)で、つげ義春のいわゆる「旅もの」の代表作2作、という作品だろうか。
 しかし映画は素直に原作マンガを映像化したものではなく、前半の『海辺の叙景』は、この映画の主人公で脚本家の李(シム・ウンギョン)の書いた脚本による映画とされ、途中でこの映画は学生たちの前で上映されているものだとわかる。
 映画の後半、李は雪深い冬の北国にあてもなく旅に出るのだが、そこで宿泊した宿での体験が、そのまま『ほんやら洞のべんさん』をなぞるのである。
 そこには一種の「屈折」があるというか、素直なつげ義春の漫画の映像化というものではない。主人公の李が『海辺の叙景』から書いた脚本を映像化した前半と、李の行動がそのまま『ほんやら洞のべんさん』になってしまう後半。
 「つげ義春作品の映画化」と考えれば、前半は李という脚本家が『海辺の叙景』をどのように脚本に書き下ろしたか、という点を注視したくなるかもしれないし、後半は「李=つげ義春」と思って観てしまうやもしれない。

 でも考えてみたら、ダイレクトに「つげ義春」を主人公に持ってきて映画化するというのも、映画としてなかなかに困難なことのように思えるし、このように、「李」という、この映画のために創作された人物を主人公にするというのは、とってもうまいやり方だなあと思わせられることにはなる。
 すると、この映画の監督は三宅唱ではあるし、脚本を書いたのも三宅唱なわけだから、「李=三宅唱」という見方が成り立つのかな、と思う。
 となると、まず『海辺の叙景』の描き方に注視したくもなるわけだけれども、つげ義春の漫画では男の方こそが主人公的に描かれてはいるわけだけれども、この映画では女の子(河合優実)の行動をこそ、原作漫画を離れて描いていて、それはこの映画での主人公はこの『海辺の叙景』の脚本を書いたという設定の李なわけだから、この脚本のなかにも李の視点として、女の子のことが「主役」っぽく描かれているわけだろうかと考えられる。
 だからといって、その女の子がどんな人物であるかとか、なぜ海にやって来たのかとかが原作以上に語られるわけでもない。ただこの映画でこの海のロケ地は神津島だったわけで、彼女が島のなかをあちこち歩き回り、神津島の郷土資料館を訪れる、などの描写はある。
 原作漫画はコマごとの絵がとてもフォトジェニックなことでも有名だったわけだけれども、この映画もおそらくはそのことを意識して、「登場人物の視線」ということから離れてた場所からの「俯瞰撮影」や、構図的にこだわったショットも多かった。
 二人が交わす会話は、男の子が持って来た「みつまめ」を食べることを含めて原作通りなわけで、この「劇中映画」のラストはまさに原作と同じく、雨の中を泳ぐ男を、岸で傘をさして眺める女の子が「いい感じよ」と声をかけるところで終わる。

 終映後、学生からの質問を受けた李は「自分には才能がないな、と思いました」と口にする。
 講義の終わった廊下で、李は魚沼教授(佐野史郎)と言葉を交わし、教授は「気晴らしに旅行にでも行くといいですよ」と語る。
 教授は李と別れたあと、外で急に咳込んでそのまま亡くなられてしまうのだけれども、李は弔問に訪れた魚沼家で、教授の遺品のフィルムカメラをもらってしまうのだ。李はそのカメラを持って旅に出ることになるだろう。

 列車がトンネルを抜けるとそこはまさに「雪国」で、ホテルの予約も取らずに来てしまった李は、ちょっと辺鄙なところにある普通の民家のような、名ばかりの旅館に泊まるのだ。そこの主人がつまり「べんさん」(堤真一)で、ここから『ほんやら洞のべんさん』の話になる。
 べんさんは意外と知的な方のようで、李が「脚本家」と聞いて、「脚本とはこういうものがいいじゃろう」と自分の考えを語ったりする人だ(これは原作漫画にはなかったと思う)。
 あとはだいたい原作漫画通りに進み、ついに「錦鯉のいる池を見に行くか」となり、まっくらな夜中のなか、べんさんはその錦鯉を盗んで帰ることになる(実はその錦鯉を養殖してるのはべんさんの妻の実家で、べんさんの娘もいたのだったが)。

 この『ほんやら洞のべんさん』のパートは、ドカ雪のなかの撮影、夜の微妙な照明であるとか、美術などけっこう素晴らしくって、ちょっとつけ加えられた原作にない部分を含めて、わたしの「お気に入り」ではあった。

 李は「日常とは周囲のものや感情に名前を与え、馴れ合うことだ」と語り、「言葉から遠いところでそのままずっと佇んでいたい、しかしいつも言葉につかまってしまう」とも語るのだが、実のところ、こうやって毎日ここに日記を書いているわたしには、けっこう「グッ」と感じ入ってしまうセリフだった。ふふ、これでも「日記なんか書かずにすませたら楽なのに」とはいつも思っていて、その気もちは李さんのセリフに近いものがあるかもしれない。
 ま、わたしはある理由からも書きつづけなければならないけれども。

 ひとつ思い出したわたしの「旅」のことを書いておこう。
 わたしは二十歳ぐらいのときに東北に一人旅をして(冬だったけれども雪はなかった)、李さんと同じように宿を決めていなくって、食事をした食堂の人に宿を教えてもらった。その宿はバカでかい古い木造家屋で、2階は仕切りのない30畳も40畳もありそうな部屋で、わたしはその夜、そのだだっ広い部屋の片隅に、たった一人で寝たんだった。
 そこは実のところ米の大きな産地で、米が獲れたときには「買い付け」の商人がおおぜいこの地を訪れて、み~んないっしょになってその広い部屋に宿泊するらしかった。
 特に何か人との出会いだとか事件があったわけではなかったけれども、不思議な体験ではあったなあ。