ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『カリガリ博士』(1920) カール・マイヤー、ハンス・ヤノヴィッツ:脚本 ロベルト・ヴィーネ:監督

 わたしは今の今まで、この『カリガリ博士』を観たことはなかったのだけれども、その昔、イギリスのニューウエイヴ系バンド「バウハウス」のシングル盤ジャケットにこの『カリガリ博士』のワンシーンのショットが使われていたことで、ヴィジュアル的にはけっこう、見知ったものという感じではあった(それで今回初めてこの映画を観ても「あ、この場面があのジャケットになったわけだ!」などと思ったのだった)。
 しかしやはり「ドイツ表現主義映画初期の傑作」と伝えられてきただけのことはあって、「バウハウス」の音楽などよりははるかに素晴らしいものではあった(失礼)。
 これが、その「バウハウス」のレコードジャケット。

     

 原作は第一次世界大戦を経験したカール・マイヤーとハンス・ヤノヴィッツによって書かれたが、二人は「非人間的な国家の権威による狂気」を描こうとしたと言われている。脚本は当初フリッツ・ラングによって映画化される計画だったというが、最終的にロベルト・ヴィーネが監督することになった。このとき選ばれたデザイナーは、映画は自然主義的なスタイルではなく、幻想的でグラフィックなスタイルを提案し、当時隆盛を極めた「表現主義絵画」の要素を取り入れたのだという。こうして「歪んだ構図の書き割り」が多用され、壁に直接「影」を描き込むなどの「表現主義」的な演出が行われる下地がつくられた。
 映画化に際して、「プロローグとエピローグを設定することによって、はさまれた映画の本編が「妄想の回想」として展開する「枠物語」のかたちを取ることとなったが、原作者二人の承諾を得てのことではなかったようだ。

 物語はつまり、カリガリ博士という医師が、チェザーレという「夢遊病患者」を操って連続殺人を行うというものなのだが、映画の冒頭シーンはつまり精神病院なのであって、この映画本編の話を語る男フランシス、そして物語に登場する人物は皆、精神病院に入院している患者なのである。フランシスがまさに「夢遊病患者」だとさいごにわかったとき、その精神病院の院長は「わたしは彼の良い治療法を思いついたぞ」と語るのである。その院長の顔はまさしく、「カリガリ博士」なのであった。

 先に書いた「表現主義美術」風のセットが実に効果的で、冒頭の、実は精神病院の中だというカット以外はすべて、リアリズムから遠く離れた「書き割り」なわけだけれども、このことが映画の内容とフィットして、まったく違和感なく観ることができるのだ。
 そして何より、「チェザーレ」を演じた役者、「カリガリ博士」を演じた役者とが「もうこの人以外考えられない」という、適役ぶりだと思う。
 ちょっと細身で前髪をおろしたチェザーレ(コンラート・ファイト)は、まさに現代のロックスターにも相通じるヴィジュアルのように思えるし、ときどき歌舞伎の「キメ」のような演技を見せるカリガリ博士(ヴェルナー・クラウス)も、まさにタイトルロールにふさわしいインパクトを感じさせてくれるのだった。

 これ以後延々と続く「ドイツ表現主義映画」の、「さいしょの衝撃」ともいえる、この『カリガリ博士』。百年以上の時を超えて、今なお観る観客にインパクトを与え続けているのではないだろうか。