前に観たロバート・シオドマク監督の『フロウ氏の犯罪』は、素材はミステリーだけれども、演出は思いっきりコミカルに振れたものだったわけで、その前に観た、シオドマク監督がアメリカで撮った『らせん階段』がノワールなミステリーだっただけに、失望したわけだった。
それでこの日観たのは、シオドマク監督フランス時代さいごの作品の『罠』。やはり物語はミステリーみたいだし、出演者のなかにエリッヒ・フォン・シュトロハイムの名があることから、きっとまともなミステリーを見せてくれることだろうと、大いに希望が持てた。
ただ、主演とされているのはモーリス・シュヴァリエなわけで、わたしはモーリス・シュヴァリエの出演作を観たことがないのでわからないが、「はたしてシリアスなミステリー映画に出演するような俳優だろうか?」という疑念はあるのだった。さてどうだろうか?
舞台はパリ。若い女性の連続失踪事件が発生し、すでに11人の女性が行方不明になっている。さいごに行方不明になった女性の友人だったアドリエンヌ(マリー・デア)は、警察の囮(おとり)捜査に協力することになる。アドリエンヌの友人が新聞の募集広告に応じたあと行方不明になっていたことから、捜査陣も新聞や雑誌の「若い女性求む」という広告をチェックし、アドリエンヌが応募するという作戦。
まずしょっぱなは「若い女性求む。時間は1時間だけ」というものだったが、指定された場所へ行くとアドリエンヌは男(エリッヒ・フォン・シュトロハイム)にゴージャスなドレスに着替えさせられ、観客の誰もいない舞台に連れ出され、男は無人の客席に向かってそのドレスのデザインの説明などを始め、不在の客と会話したりするのだ。
「誰もいないファッション・ショー」の終わったあと、着替えを手伝ってくれたメイドの話すには、男はかつてはパリでも名の知れたファッション・デザイナーではあったが、今はすっかり、誰からも忘れ去られた存在だということだ。このあと男は今の境涯に絶望し、クローゼットのドレスに火を放ってしまうのだった。アドリエンヌは危ういところを護衛で外で待っていた警察官に救出される。
このあと、いくつかの広告に応募してみるが、どれも事件とは無関係なようだ。そのうちにある音楽会へ行き、指定された席のとなりにくる男を待つという仕事があったが、そのときにアドリエンヌのうしろにいたロバートという男(モーリス・シュヴァリエ)が彼女に声をかけてきて、彼とともに音楽会を抜け出し、ロバートの家で開催されるパーティーに参加するのだった。
ロバートはナイトクラブのオーナーで興行主でもあり、アドリエンヌと交際するようになる。アドリエンヌも魅力的なロバートに心を奪われていくが、どうもロバートの周辺には怪しい人物らが出入りしている。そしてロバートの引き出しの中には行方不明になった女性たちの写真、そしてアドリエンヌの友だちのブレスレットなどが入っていたのだった。
ロバートは最重要容疑者として警察の取り調べを受けるが、担当刑事の印象ではロバートは犯人とは思えない。アドリエンヌももちろん、ロバートが犯人ではないと思っているし、ロバート自身も自らの無実を主張する。しかし行方不明になった女性の多くは、ロバートのもとにきていたスイスの興行主がスイスに売り飛ばしていたことが判明する。女性たちは少なくともロバートのところにきていたわけだ。
女性たちのうち、アドリエンヌの友だちを含む3人はなお行方不明だ。そして決定的証拠として、ロバートの自宅の庭からその3人の遺体が発見されることになる。
裁判になり、ロバートに死刑の判決が下され、ロバートももう抗うことをやめて死刑を受け入れる。
ロバートの無罪を信じるアドリエンヌと刑事とはなお捜査をつづけ、ついにロバートの死刑執行の直前に「真犯人」を見つけ出すのだった。それはロバートの執事なのだった。
執事はピストルで自殺し、釈放されたロバートとアドリエンヌは固く抱き合うのであった。ちゃんちゃん。
もっといろいろとややっこしいことがあって書き切れないのだけれども、こうやって「あらすじ」を書くとシリアスなミステリーっぽい。
‥‥いやいや、実はそうでもなくって、登場するパリの夜の人々はみんなチャラいし、ロバートという男にしても、パーティーでは歌を歌うし(モーリス・シュヴァリエだからね)、「陽気なプレイボーイ」という感じであり、アドリエンヌとの「ロマンス」の演出は、やはりいささか「ロマンチック・コメディ」というところなのだ。
そういう意味でこの映画、前に観た『フロウ氏の犯罪』と同じく、シリアスなミステリーを期待するとほとんど肩すかしをくらってしまう。
いやしかし、ただただエリッヒ・フォン・シュトロハイムの出演する「忘れられたファッション・デザイナー」のパートばかりは思いっきりシリアスで、「この部分だけで一本の映画にすればよかったのに」とは思ってしまうのだった。
「光と影」とをうまく使う演出が印象に残り、そんな室内撮影で光源を動かして影をも動かすというショットがすばらしかった。
ラストも、ロバートの処刑の時間が近づくなか、真犯人を追い詰めるアドリエンヌのバックでは時計の「カチ、カチ」という音が響くのも、「ありがちな演出だろう」といっても「効果的」なのだった。
ヒロインを演じるマリー・デアという女優さん、けっこう美しいし、知的な感じもして、この役にぴったりだとは思うのだった。
ロバート・シオドマクの映画、次はついにアメリカに渡ってからの作品になり、さいしょはウィリアム・アイリッシュ原作の『幻の女』を観るつもり。こんどこそ、シリアスなノワールものであることだろう。楽しみである。
