今日はニェネントくんの15回目の誕生日。一年に一度の、喜ばしくもめでたい日である。半年前に受けた健康診断では「どこも悪いところはない」という診断で、動物病院の先生も「もう14歳でしょ、すごいことですよ」と語ってくれた。わたしがどれだけニェネントくんの健康に貢献できてるのかわからないけれども、これからもずっと健康でいてほしい(誕生日を迎え、来週にもまた「健康診断」を受けようと思っているが)。
やはり年齢からか、最近は和室で寝ていることが多くなったように思うけれども、高さ1メートル以上あるキッチンの洗濯機の上や、リヴィングの出窓の上にジャンプして見せてくれることも多く、普通に「元気」なのだと思っている。
ニェネントくんはいちにちの一定の時間、わたしのことを「何してるのかな?」とウォッチングしてくれているし、それなりに気を遣ってくれているんだと思う。わたしといっしょになって遊んだりすることはほとんどないが(そんなことをしようとしたら逃げて行ってしまう)、お互いの「共生」はうまく行っていると思う。ニェネントくんは「わたしはあなたのものではないよ」と、しっかり自立している。わたしの役割は彼女の自立した生活の邪魔をせず、助けることだと思っている。ニェネントくんはニェネントくんで、わたしと暮らしていて「やってはいけないこと」はしっかり自覚していて、例えばキッチンのシンクの上に食べられるものを置いていても、「そこに行ってはいけない」としっかりわかっているし、そういうことでわたしを困らせてしまうこともない。そういうことはわたしがしつけたことではなく、自然と理解しているようだ。
さて、今日はまず、昨夜届いた「ネコトンネル」をニェネントくんにお披露目してみた。長さ1メートルほどの曲がってないトンネルで、トンネル自体にカーヴがついていたらもっと楽しんでくれたかもしれない。さいしょ、「これは何だろう?」とトンネルの入り口あたりで探ろうとしていて、そのうちにトンネルの中にもぐりこんでくれた。「これは楽しんで遊んでくれるかな」と見ていたが、しばらくしたら「なんだ、つまんないや」という感じでトンネルから出てしまい、そのあとは二度とそのトンネルに近づこうともしなかった。
う~ん、やっぱりダメだったか。「こんな子供だましみたいなものでわたしの関心を買おうなんてしないでよ!」って言われた感じ。このトンネルも、今まで買ってあげたネコ用のおもちゃと同じ運命をたどるようだ。
夕食の時間になり、この日のメインイヴェントの「誕生祝賀会」である。
分量を減らしたいつものネコ缶の上に、昨日買った「サーモン」をメインにトッピングして、「かつおのたたき」も少し乗せ、さらにいつもの「ネコ用かつおぶし」と「ネコ用カニカマ」をまぶしてあげ、その上から「ちゅ~る」で「15」の文字を書く。なんかニェネントくんの誕生日は毎年こういう感じだな。

ニェネントくんに「ずっと<健康>でいてくれてありがとうね。これからもいっしょに<健康>に生きて行きましょうね!」と語りながら出してあげると、おいしそうにがっついてくれるけれども、「今日はいつもよりおいしいぞ」とか思ってくれているのか、実はそういうことはまったくわからない。

だいたいネコたちの味覚というのがどういうものかというと、人間の味覚とは異なるようで、「人間にとって美味しいものがネコにも美味しいだろう」というのはまったくの幻想であろう。実は舌にある味を感じ取る細胞の「味蕾細胞」というもの、人間には約一万個あるというけれども、これが意外なことにネコには約500個ぐらいしかないらしい。それでネコにとっていちばん重要なのは「嗅覚」なのだ。「匂い」こそが「おいしいもの」の条件。
だからこそ、わたしが冷蔵庫から刺身とかを出したり、缶詰を開けたりすると、とたんにニェネントくんは和室から飛んでくるのだ。
わたしもニェネントくんの「お誕生祝い」のご相伴にあずかり、夕食には「サーモン」と「かつおのたたき」をいっぱい食べた。これが少々食べすぎてしまい、食後はずっと腹が重たいのだった。