朝、ニェネントくんに鼻先で顔をツン、ツンとやられて目が覚めた。ニェネントくんの鼻先はちょっと冷たくて湿っぽくって、「目覚まし効果」は高い。時計をみるとまだ6時10分前で、いつも6時ぐらいに自然に目覚めるわたしには「起きるにはちょっと早い」のだけれども、ニェネントくんはこの朝は「おなかすいたよ~! 早くごはんちょうだい!」という感じだったのだろう。
今日は一歩も外に出なかったけど、やはり空は曇天のようで、気温はきのうよりも低いように感じた。部屋のなかでもTシャツの上にワイシャツを着て過ごした。でもこの数日、部屋の温度計をみるといっつも20℃とか21℃ぐらいで、「この温度計、壊れてるんじゃないのか」などと思ってしまう。
きのう「ふるさと公園」に行ったとき、公園のなかの石垣のところにピンクの花がいっぱい咲いていた。「何という花だろう?」とGoogleに聞いてみたら、「ヒルザキツキミソウ」という花だった。つまり「昼咲月見草」なのだ。そもそも北米原産の観賞植物で、輸入・栽培されていたものが野生化することが多いという。生命力が強いのだな。

さて、備蓄米の件は随意契約による受渡しという方策が取られ、今月中にも申請業者に受渡しされるみたいだ。今は政府も「どれだけのスピード感で、どれだけ安い価格で備蓄米を流通させるか」ということに必死だろう。おそらく、じっさいに販売され始めたらさまざまな問題が出てくるのではないかとも思うが、今は「備蓄米5キロ2000円」で店頭に並ぶことは確実のようだ。
わたしは前の買い置きのコメがなくなったので、2日前にコメを炊いたときに買ってあった備蓄米をまぜて炊いた。割り合いとしては全体の5分の1にもならない備蓄米の量で、それで味がどうとか言えるわけもないが、なぜかいつもよりおいしく感じてしまったのはなぜ? まあ次にコメを炊くときはぜんぶ備蓄米になるけれども、「ちょっと待てば2000円で買えたのに」と思わないわけではない(わたしが買った備蓄米は、5キロで税込み3836円だったが)。
「備蓄米が2000円で売られることが決まり、今のコメの価格も下落するのではないか」という声も聞いたが、この日Amazonで検索したかぎりでは「価格の下落」などということはないようだった。また来週になると「コメの価格」が発表されるだろうから、そのときどうなっているか、だろうか。「安いのは備蓄米だけで、それ以外のコメは今までと同じ価格が継続される」という声も聞いたが。
夜、『クローズアップ現代』を何となく見ていた。この日の特集は「文化か虐待か 動物行事で刑事告発相次ぐ」というものだった。特に馬を使った各地の神事や祭りが槍玉に挙げられていたのだったが、そんな行事を主催する自治体などの声と、異議を唱えて告発した人(団体)との声を紹介。
いちがいにどうこうと言えない問題だと思うが、「神事や祭り」とかよりも、レース中あれだけムチを使い、現役を引退した馬のほとんどが屠殺されてしまうという「競馬」の方が問題が大きいのではないかと思う。
番組中、「このあと牛を殺す場面があります」とのテロップのあとにメキシコの「闘牛」の様子が流されたが、これはたしかにわたし的には受け入れられないものだった。「虐待」以前に「牛への拷問」としか見えない残虐なものと見え、その短かい映像のあとは涙があふれてしまった。
そのメキシコの「闘牛」もメキシコの国会でも問題になり、この秋からは大きくやり方を変えるというが。
最近、まったく読書のペースが落ちてしまっているのだけれども、読んでいる『世界の名著 プルードン・バクーニン・クロポトキン』の「解説」的な、巻頭の「アナーキズム思想とその現代的意義」というのを読み終えた。「現代的」といっても、今から60年も前に書かれたものだけれども。
あとは「本編」というか、それぞれの思想家の作品がつづくのだけれども、ぜ~んぶ読んでからその感想を書くとたいへんなことになってしまいそうだし、各作品を読み終えるごとに、それで1冊読んだことにして感想を書くようにしたい。というわけで、今日はまず「アナーキズム思想とその現代的意義」を読んでの感想を書いておこう。
次はプルードンの『十九世紀における革命の一般的理念』を読むけれども、また読み終えるのは相当先のことになりそうだ。