ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『乱暴者』(1953) ルイス・ブニュエル:監督

 ルイス・ブニュエルは1947年の『グラン・カジノ』から1962年の『皆殺しの天使』まで、「メキシコ映画」として20本を超える監督作品があり、彼がその生涯でいちばん精力的に映画を撮っていた時期である。
 この時代、彼は「商業映画」を撮ることで彼のキャリアを再スタートさせるけれども、そのあいだに着実に、彼らしい映画術を開花させていったのではないかと思える。すべてのブニュエルの作品を観てはいないのでそう言い切ることは出来ないけれども、前に観た前年の『愛なき女』に比べると、より「ブニュエルらしさ」を読み取ることができると思う。じっさい、この映画を彼のメキシコ時代の傑作のひとつとして賞賛する批評もあるようだ。この映画の脚本はルイス・ブニュエル自身が、ルイス・アルコリサという人物と共に書いている。

 主人公のペドロは精肉店で働き「乱暴者」と呼ばれているが、恩義のある地主のカブレラから、彼が自分の所有するアパートを解体してそこに自分の家を建てるので、今アパートに住んでいて立ち退きを拒否している住民らを追い出す手助けをしてほしいと頼まれる。ペドロはカブレラに言われるまま、精肉店を辞めてカブレラの家の物置に移り住むことになる。カブレラの若い妻のパロマはペドロに惹かれる。
 立ち退きを拒否するアパート住民のリーダーは胸を病んでいるようだったが、ペドロが彼を脅しつけて殴り倒すと、彼はそのまま吐血して死んでしまうのだった。
 カブレラはペドロの行為に満足し、妻のパロマカブレラに隠れてペドロと情事に耽るようになる。しかし後日、他の住民らがペドロを見つけ出して暴行を加える。ペドロはアパートのある部屋に逃げ込むが、そこには彼が死に至らしめた男の娘のメチェがいた。メチェは逃げ込んで来たペドロが父の死に関与していたとは知らず、彼の傷の手当てをしてあげるのだった。メチェはアパートの住民らの苦しい事情をペドロに話し、ペドロは何も考えずに強いものの見方をして来たことを後悔し、メチェの優しさ、美しさにも強く惹かれる。
 ついにアパートの住民の徹底的な追い出しがはじまり、ペドロは行くところのないメチェを自分の住まいに呼び寄せ、結婚を申し込むのだった。しかしそこにパロマが来てしまい、事情を悟ると、メチェに「コイツがお前の父親を殺したのだ」と語る。メチェはペドロのもとから逃げ出し、ペドロはパロマを殴って追い出す。
 パロマカブレラのところへ戻り、「ペドロにやられた」と話す。怒りにかられたカブレラはペドロを撃ち殺してやろうと拳銃を用意してペドロを呼ぶが、逆にペドロに殴り殺されてしまい、ペドロは銃を持ってその場を去ってアパートへ逃げ、住民に「カブレラは死んだからもうここを出なくっていい」と告げる。
 パロマの通報で警察はペドロを手配し、アパートでペドロを追い詰めて銃撃戦の末、射殺する。メチェは倒れたペドロのもとに駆け寄り、彼を許すのだった。

 やはり『愛なき女』につづいての「メロドラマ」的構成ではあるけれども、そんな中に「富裕層による貧困層の支配」という視点はあると思うし、『忘れられた人々』につづいて、貧しい人々へのシンパシーが感じられる。そして主人公のペドロも、「無学がゆえにことの本質を見極められない」存在とするが、ペドロ自身映画のなかで「オレは頭が悪いから」と繰り返し、哀れさを感じさせられる。
 そして演出面でも、「シュルレアリスム」というのではないが諧謔的な演出も取り入れ、特にカブレラの家でキャンディを食べたがってうろちょろしているカブレラの老父の、まるで子どものような動作には笑かせられる。
 映画は夜のシーンが多いのだが、そんなシーンや室内のシーンの「光と影」の演出も見事で、一種「フィルムノワール」的要素を感じさせられた。さらに、この時期のブニュエルの、「にわとり」への偏愛(?)も知った。