この朝も、目覚めるとわたしのそばにニェネントくんがいた。丸くなって寝ているのではなく、前足をまっすぐに立てて腰を下ろしてすわっていた。とにかくも「わたしのそばにいる」という習慣が、こうやって暖かくなってもつづいているのはうれしいことだ。
昨日は昼間もリヴィングでわたしのそばに来て、それで胸の上に抱き上げてやっても嫌がらないでおとなしくしていたりしたのだけれども、「今日も来てくれるかな?」と思いながら、リヴィングでテレビを見ながら仰向けに寝ていた。すると期待した通り、ニェネントくんはわたしのすぐそばに寄って来るのだった。昨日のように抱き上げてわたしの胸の上に乗せ、なでてあげたりいろいろと話しかけてやったりした。
まあいつまでもわたしの上に滞在しつづけたわけでもなく、2~3分で降りて行ってしまったのだけれども、そのあともわたしが寝転がっているとニェネントくんはそばに寄ってきて、この日は合計3回もそうやってわたしの胸の上に乗せてかまってやった。
しかし、このとつぜんのニェネントくんの「馴れた飼いネコ」ぶりには驚かされたのだが、これは今まで、わたしがニェネントくんを放置しすぎていたせいだろうか。ニェネントくんは自分からわたしのひざに乗って来たりすることもなかったし、わたしが「かまってやろう」とニェネントくんを追いかけても逃げて行ってしまったし、それはニェネントくんは「スキンシップが苦手なネコちゃん」なのだろうと思い込んでいたのだけれども、ニェネントくんはニェネントくんでわたしのスキンシップを求めていたのだろうか。
それがこのところ、夜にベッドに寝ているわたしの胸の上にやって来るニェネントくんに、話しかけてやったりなでてやったりしたもので、ニェネントくんの方もわたしのことを「な~んだ、コイツもスキンシップ取れるのか」と思い直した、ということだろうか。まあ、まだ昨日と今日だけのことだから、この先どうなるかわからないが。

わたしはこの日は、録画してあった番組をあれこれと見て過ごした。
まず『ダーウィンが来た!』で「ナナフシの七不思議」という番組。わたしはじっさいに生きて動き回るナナフシというものを目にしたことはないのだが、それは単に「ナナフシの擬態」にごまかされて見逃しているだけのようで、きっとこのあたりにも棲息しているのだろう。
わたしはナナフシに関して妙な思い出があって、それは今から30年ぐらい前、わたしはなぜか昆虫類に興味を持っていて、ナナフシのことも気にかかっていたのだろう。そのあたりの詳細は記憶してないのだが、おさらくそれで「昆虫標本」を販売する業者と連絡を取ったのだろうと思う。それがなぜか、注文もしていないのにその業者から「ナナフシの標本」が送られて来たのだ。そのナナフシはおそらく南米辺りのナナフシで、体長は20センチぐらいもあるし、胴回りも直径1センチぐらいの、まあ「巨大」なものだった。わたしは「注文もしてないのになんで?」といぶかしく思ったのだが、そのあとその業者からも別に代金の請求もなく、「知らんわ」と、引き出しの奥にしまい込んだままにしていた。あの標本販売業者はどういうつもりだったのだろうか? 今考えてもわからない(あのナナフシの標本は「捨てる予定のゴミ」だったのだろうか?)。
それでそのときの住まいから引っ越しすることになり、しばらくぶりに、引き出しの奥からその、もうそこにしまってあることも忘れていた標本を引っぱり出したのだったが、そのとき標本はもう標本箱の中でバラバラに形もくずれてしまっていて、粉状になっているところもあった。「うへぇ~」と思って捨ててしまったが、今でも「ナナフシ」というと、そのときのボロボロになってしまった標本のことを思い出してしまうのだ。だから、デカいナナフシは苦手だ。
そのあと、前にも見たフランス製の連続ドラマ『アストリッドとラファエル』の第3回を見た。今回は「それはいくら何でも‥‥」というストーリーで、面白いわけでもなかったが、ただラストの、「自閉スペクトラム症」のアストリッドが、彼女らしい愛の告白をする場面は良かった。
そして『べらぼう』の「死を呼ぶ手袋」の回。世継ぎするはずの若き徳川家基が、鷹狩りに出かけた先で急死する。これは史実で、「暗殺ではないのか」という説があるわけだが、このドラマではまさに「暗殺説」にしたがっていて、田沼意次に疑いがかかりそうになるが、松平武元は「そなたではないだろう」とする。この回のラストでは、その松平武元が就寝中に暗殺されるのだ。どういう陰謀なのか、先が楽しみな展開。
夕食は「豚肉とキャベツ炒め」をちゃっちゃっとつくってすませ、そのあとは『地球ドラマチック』、フランス製作の「野生のパンダに大接近!」の前編、「赤ちゃんパンダの誕生」を、録画しながら見る。じっさいに、自然界で「野生」で生きるパンダを見るチャンスもあまりないので、楽しんで見た。
パンダといえば「生ける怠惰」の象徴で、「努力」という言葉にまったく縁のない生きものという感じだが、野生でもまさにそのまんま、ただのんびりとゴロゴロしているのだった。ただ、発情期のメスをめぐって、そのメスと追って来たオスとの乱闘、オス同士のケンカなど、「ああ、やっぱりクマなんだなあ」という感じではあった。しかし、自然界において、カメラの前でお母さんが赤ちゃんを「ペロッ」と出産するシーンはよく捉えたものだ。撮影クルーもエキサイトしたことだろう。
そのあとはつづけてパンダ。『新プロジェクトX』で「“復興のシンボル”パンダを守れ〜神戸の動物園が起こした奇跡〜」というのが始まったのだけれども、わたしはもう寝る時間なので、あとは録画にまかせてベッドへ行くのだった。