ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『薔薇のスタビスキー』(1973) ホルヘ・センプルン:脚本 アラン・レネ:監督

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 1934年の横領犯(詐欺師)スタビスキー(スタヴィスキー)の(不可解な)死は、第二次世界大戦前夜のフランスでは政界を揺るがす大事件になった。
 この映画は、そのスタビスキーの生涯の最後の数ヶ月を中心に描いたもので、まずは映画でスタビスキーを演じたジャン=ポール・ベルモンドが、脚本家のホルヘ・センプルンにスタビスキーを題材とした脚本を依頼したことから始まる。アラン・レネはこのとき『ジュ・テーム、ジュ・テーム』(1968)以来映画を撮るのを休んでいたが、その前に『戦争は終わった』(1966)でホルヘ・センプルンと仕事をした経験もあり、この脚本に興味を示し、ベルモンドならスタビスキーをミステリアスで魅力的、そして優雅な詐欺師として演じられると感じ、自ら監督を引き受けることにしたのだった。

 撮影は、この時期のアラン・レネ作品の撮影をつづけていたサッシャ・ヴィエルニーが担当したが、アラン・レネは「1930年代の映画でのカメラの配置、動きを再現しようと試みた」という。この「1930年代の映画らしさ」ということは徹底され、音楽はアメリカのミュージカル界で活躍するスティーヴン・ソンドハイムが担当したし、映画冒頭のクレジットの書体も「1930年代の映画」を意識したものだという。

 以上は映画制作の背景的なことがらだが、映画の冒頭ではスタビスキー(ジャン=ポール・ベルモンド)のことを描くのと並行して、一見無関係な、1933年にフランスに亡命したレオン・トロツキーのことが描かれる。このことは、「スタビスキー事件」以降のフランスの政治的動向と合わせて、映画さいごを観るまでその意図は不明のままである。

 それで、「スタヴィスキー事件」後の映画の外のことを書いておくが、事件後右派の論壇ははげしく左派勢力を「スタヴィスキーと通じていた」「事件をスタヴィスキーの自殺として終わらせ、事実を隠蔽しようとした」と糾弾、ついに1月27日に「内閣総辞職」となった(じっさいにスタヴィスキー事件に関与していた政治家は左派、右派を問わないのだが)。1月30日にダラディエ内閣が発足するが、任命された警視総監は左派勢力から「真相の隠蔽を図っているのではないか」と追及され、モロッコへ左遷された。しかしこの措置には右派が反発し、内閣は機能不全に陥ってしまう。この結果、映画でも終盤に語られる「2月6日の暴動」が起きたのだった。
 多くの死者負傷者が出て、ダラディエ内閣は翌7日に総辞職する。その結果、2月9日には右派のドゥメルグ内閣が生まれることになるが、以後も左派の反政府活動は盛んで、このときの共産党社会党の接近が、のちの「人民戦線」の母体になった。
 フランスのこの政治的混乱のなかで、トロツキーがフランスにいることを問題視する連中もいたわけで、トロツキーは1935年にノルウェーに移る(このときのことは映画のさいごで描かれているが)。しかしソヴィエトの圧力で彼はノルウェーも追い出され、翌1936年にメキシコへ行き、その地で暗殺されたのであった。

 ちょっと「映画の外のこと」が長くなってしまったけれども、そういうところで、スタヴィスキーを描きながらも、その時代のフランスのことを描いた映画でもあったわけで、こういうことを知ったうえでまたこの映画を観るならば、さらに面白さも増すのではないかと思う。

 ちなみに、ロシア生まれのユダヤ人だったスタヴィスキー、その点は同じくユダヤ人だったトロツキーと共通している。スタヴィスキーの政治的立場は映画では語られていないが、親しく交際していたラウル男爵(シャルル・ボワイエ)は明らかに右派。しかしラウル男爵が左派の言説を批判するとき、スタヴィスキーは目の前にあった右派新聞の攻撃的な一説を読み、「こんなんでも左派の方がヒドいですか?」みたいなことを言うし、そのときスタヴィスキーの妻のアルレットに接近していたスペイン人はスペインで反乱を起こして政府の転覆を企む人物で、スタヴィスキーがその男を騙して金をせしめようとしているのは、「スタヴィスキーは左派ではないのか」と思わせられる材料にはなるかも(ちなみに1936年に、じっさいにスペインでは「反乱軍の指導者」としてフランコが登場するのだ)。

 映画はスタヴィスキーの活動、暗躍をメインに演出しているわけではなく、スタヴィスキーの周辺にいた人物らに焦点をあてる演出が目立ち、そのことがスタヴィスキー死後の、事件をめぐる査問会に彼らが出頭しての発言と合わせての「彼らの本心、心変わり、嘘」などを際立たせることになるだろう。
 まさに「フェイク」の世界を生きたスタヴィスキーだが、父への気もち、「つまらない男だった」という思いと、その自殺のショックというアンビバレントな思いは、特に自身の破綻のあとには強いものだったろう。そして、たとえ一夜の快楽を他の女に求めることはあっても、妻のアルレット(アニー・デュプレー)への愛情は確かなものだったのだろう。アルレットは白テンのコートを着ているのだが、スタヴィスキーがアルレットを置いて山荘に逃れたとき、山荘の窓の外の雪のなかでたわむれる白テンの姿をみるとき、まさにアルレットのことを思っていただろう。

 映画のなかで印象に残るシーンとして、スタヴィスキーが怒りに駆られて手にしていたワイングラスを握り割ったとき、アルレットがすぐにスタヴィスキーの手から流れる血に口をあてるのだが、そのとき赤い血のしずくがアルレットの白テンにこぼれ、鮮烈なイメージを残すことになったのだった。
 そしてスタヴィスキーが劇場のオーナーになっていたという設定もうまく活かされ、自分の劇場で行われたオーディションを見ていて、オーディションに応募したドイツから来たユダヤ人女性を手伝い、ジロドゥの『間奏曲』で女性の相手役の「幽霊」のセリフを読むというのも、ポイントだった。なお、そのユダヤ人女性はあとになって、トロツキーの秘書にも応募するのだったが。

 まあせっかくベルモンドが出演しているのだから、「悪党ヒーロー」として八面六臂の動きをみせてくれるのでは、というのが多くの人が期待したところだろうが、もちろんそういう映画ではないわけだし、ベルモンド自身が脚本を依頼し、プロデューサーにもなっているわけだから、こういう役柄をこそベルモンドも望んでいたのだろう(アラン・レネの演出に失望したという可能性はあるが)。
 わたしはもともと、そういう「ハリウッド的」な映画が観たかったわけではないし、この映画には「大満足」ではある。とにかくアルレットを演じるアニー・デュプレーはそれこそ「ため息が出るほど」美しいし、シャルル・ボワイエの貫禄も素晴らしい(蛇足だが、若き日のジェラール・ドパルデューも、端役でちょびっと出演してる)。繰り返し観て確認してみたい事柄もいろいろあるのだが、そもそもが「スタヴィスキーは本当に自殺なのか?それとも警察に射殺されたのか?」ということはさいごまでわからないわけで、そういうポイントで、この作品をアラン・レネの旧作『去年マリエンバートで』と比較する評も読んだのだった。