主人公のチャーリー(ブレンダン・フレイザー)はオンラインで講義を行っている英語教師だが、体重が230キロ以上という病的肥満のため、講義では自分の容姿を恥じて配信カメラはオフにしている。肥満を原因としたうっ血性心不全の症状が悪化していて、余命いくばくもない状態だが、看護に通ってくるリズに治療のため病院へ行くように勧められても、金がないことを理由に拒否している。
そこに新興宗教「ニューライフ」の宣教師のトーマスや、8年ぶりに会う娘のエリーらがやって来ることになるのだが。
舞台はすべてチャーリーの住むアパートメントの部屋の中、そして彼の部屋の前のベランダだけで進行し(一部、海辺での短かい回想シーンがあるが)、観ていても「こりゃあ舞台劇の映画化だな」と、想像がつく。
映画が始まってしばらくは、チャーリーの抱えているそもそもの「問題」は何なのかとか、けっこう興味を惹かれて観ていたのだが、つまり彼はゲイで、8年前に妻も娘も捨ててボーイフレンドのアランと出奔していたことがわかる。さらにそのアランが死に、そのショックから神経性過食症となり、現在の異常な肥満となってしまったことがわかる。
そして不意に娘のエリーが部屋にやって来るのだが、8年前に自分と母を捨てたチャーリーのことを恨んでおり、反抗的な態度でチャーリーと向き合う。彼女はハイスクールで落第しそうであり、課題のエッセイの手直しをチャーリーに手伝ってもらいたいというのだ。
‥‥ふむ、このあたりから、ストーリーはわたしには不可解な展開になり始める。
実はチャーリーのボーイフレンドだったアランは、訪ねてくる宣教師のトーマスと同じ「ニューライフ」の信者だったということで、それゆえにリズは「ニューライフ」の宣教師トーマスを毛嫌いしている。アランの死は「ニューライフ」からの叱責による自殺だったらしい。「宗教」のもんだいは、わたしの理解の範疇を越えてしまうことが多いし(じっさいに、トーマスはチャーリーの書棚からアランの所有した「聖書」を見つけ、中に重要な(?)アランによる書き込みを見つけるのだ)。
さらに、エリーはトーマスと二人で話をし、実はトーマスは教会の金を盗んで逃げだしたことがわかる(エリーはそんなトーマスの告白をスマホで録音するが、いったい何のための録音?)。
だいたい、いくら自分が8年前に妻と娘から出奔したからといって、娘の学校の課題を最終的に全部チャーリーが書いてやるという展開、めっちゃ引っかかるものがある(このことはラストにさらに「わたしにはわけのわからん」結末となるが)。
そしてついにはチャーリーの妻、つまりエリーの母がやって来て、お話は一気にメロドラマに堕してしまう。
とにかく、演出としては力をもった作品だったものだから、懸命に観つづけてしまったが、この映画で困ってしまうのはとにかく冒頭、さいしょの30分で示された設問の、その答えがぜ~んぶ、そのあとのドラマの中でセリフとして解き明かされてしまうことだろう。そんなに何もかもに「答え」を示すことが必要なものなのか、とも思うし、「実はこうだった」と語られても、「ふ~ん、それが何なのさ?」と思ってしまうことがらも多かったと思う。とにかくわたしが求める「映画」というものとは乖離があった、という印象だ。
基本は舞台となる広くはない部屋の中だけで、すべては「会話劇」として進行する。まるで「演技力」を鍛えるレッスンの教材のような脚本はそもそも時代遅れだし、よくもまあ今どきになってこんな映画が撮られたものだなあと、ちょっと呆れてしまうのだった(あ、そうか、「異常肥満」の主人公を撮るのに、現代の特殊撮影技術が必要だったからか!)。
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