日ごとに暖かくなってきて、とうとう昨夜からこの朝にかけて、ニェネントくんはベッドの上に来てくれなくなってしまった。まだこれからもいっしょに寝てくれることがあるのか、もう次の冬まで「おさらば」になるのか。
暖かくなったといっても夜と昼の温度差はけっこうあって、きのうきょうと朝起きたときはまだ、ちょっと肌寒い感じで、部屋のなかでは薄いセーターを着ているけれども、午後になると気温も上がって、セーターも脱いでしまう。
そろそろニェネントくんも換毛期になって、まめにブラッシングしてあげないと、部屋じゅうニェネントくんの抜け毛だらけになってしまうのだ。
写真は、北のスーパーへの道沿いから見られた、あるお家のなかにある「藤棚」。もうかなり花咲いていて、「桜」の次は「藤」の花、だろうか。

きのう、買ってあった「おでんセット」を温め、プラスして買ったダイコンや練り物類をあれこれ入れて、「これからしばらくおでんだな」としたのだったが、きのうはまだ味がしみてなくってイマイチな味だったのが、ひと晩置いて「いいお味」になった(特にダイコンとか)。昼食も夕食も「おでん」。しかし気候は暖かくなり、「おでん」をやるんならもっと寒い時期にやればよかった、などと思うのだった。
午後から、大河ドラマ『いだてん』の録画、第13回と14回とをつづけて見た。蔦屋重三郎に独立のチャンスは訪れるし、鳥山検校に身請けされていた瀬川も、鳥山検校が過大な高利貸しの実態を幕府に摘発され「お縄」となり、正当に離縁することとなる。こりゃあ蔦重と瀬川は結ばれて、「これにてハッピーエンド」ぢゃないかと思ったが、そうはいかない。「いい女は目前の幸福から逃げる」のである。
ついに山東京伝も登場してきたし、そろそろ喜多川歌麿も登場してくるのであろう。面白くなってきた感じ。
さて、先日からぼちぼちと『インターネットを武器にした<ゲリラ> 反グローバリズムとしてのサパティスタ運動』という本を読み始めている。これはメキシコの「サパティスタ民族解放軍」の活動を捉えた本なのだけれども、本のタイトルにあるように、「サパティスタ民族解放軍」は「インターネット」をフル活用して自分たちの主張を世界に発信し、先住民に対する差別を糾弾、農民の生活向上、民主化の推進をめざして政府と交渉し、支持者を増やしている組織である。
組織はその後発展し、「地域的なゲリラ」ではなく、「初の国際ゲリラ」と呼ばれるようになったし、テロリズムに頼ることのないゲリラ、メキシコからの独立や、政権の転覆と政権の奪取を目的とする反政府運動ではなく、世界的な新自由主義グローバリゼーションがもたらす構造的な搾取と差別に対して闘うことを目的としたゲリラと認識されることになっている。
この本を読んでいて興味深かったのは、「思想としてのインターネット」ということが書かれている章で、つまりインターネットとは、「権力を持つ強力な『中央』が存在しなくても動いて行くしくみ」なのであり、本来「国家とか大企業によってコントロールされないコミュニケーション・インフラ」であるわけで、この「サパティスタ民族解放軍」がインターネットによって世界に勢力を伸ばしたのは、2001年の大きな盛り上がり以降なのだが、つまりまだまだその時期はインターネットが誰にもコントロールされない時期だった。
「なるほど、インターネットにはそのような特性があったのか」と思いながら読んでいたが、残念だけれども現在は「国家とか大企業によってコントロールされないコミュニケーション・インフラ」がインターネットとはいいがたく、まさに国家、とりわけ大企業によってコントロールされるようになってしまっているだろう。卑近なひとつの例でいえば、イーロン・マスクによる「旧Twitter」→「X」の買収ということが挙げられるだろう。もはやインターネットは「自由なサイバースペース」ではなく、「サパティスタ民族解放軍」がインターネットを使って勢力を拡大した時代とは異なってしまった、といえるのだろうか。
そう考えると、最近のインターネット上での「フェイク・ニュース」の氾濫、人権侵害の問題等々がなにゆえ起こるのか、ということを考える参考にもなりそうである。