ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

2024-06-07(Fri)

 夜中に夢をみていた。夢でわたしはどこかの大学のようなところのイヴェントの手伝いをしているらしくて、わたしのほかにもSさんやМさんの姿も見える。わたしはSさんやМさんとは別のグループに配属され、彼らと離れたところで何かやろうとしているのだが、Sさんのいるグループと連絡を取らなければならなくなり、わたしは一人でけっこう広いキャンパス内を歩くのだ。けっこう荒涼とした風景で、ウクライナガザ地区の戦場みたいだ。
 ビルのそばに下へ降りる階段があり、その階段を降りるとそこもまた荒涼とした荒れ地になっていて、そこでわたしはSさんと出会う。彼と話をしてみるとSさんらのいるグループは組織もしっかりとしているようで、わたしのいるグループとはずいぶんと差があるなあ、とは思うのだった。
 夢はそのあと教室のようなところでの話になって、そっちの話も面白かったようだけれども、今ではほとんど覚えていない。
 今日の夢でわたしに面白かったのは、やはりわたしが歩いた大学のキャンパスのようなところの荒涼とした風景で、これはわたしがよく見る「迷路のようなビルの内部」の夢のヴァリエーションではないかと思った。

 昨日「ふるさと公園」へと歩き、その帰り道、よくネコたちの姿を見かける祠に立ち寄った。昨日はネコの姿には出会わなかったので、よくネコが「お立ち台」にしてその上に乗っている石碑の写真を撮ってみた。

       

 やはりこの石碑にも、北のスーパーのそばにある「庚申塔」と同じく「青面金剛王」の文字が読めて、これもまた「庚申塔」であることがわかる。
 周囲にその「青面金剛王」を刻んだ「庚申塔」はないようだったけれども、この場所にある小さな祠自体が、「青面金剛王」を祀る祠なのかもしれない。次に来たとき、ちょっと祠の中を覗き込んでみようと思う。

 先日また、埼玉に住む古い友人から、食料品などの宅急便が届いた。これで正月から三回目のことで、たしかにありがたいことではあるけれども、毎回「ありがとう」と伝えているだけでもバカみたいだし、ちょうど今は「お中元」のシーズンでもあるので、お礼の気もちを込めて何か「お中元」を贈ることにした。
 それでこの日、北のスーパーへ買い物に行きがてら、スーパーの近くの郵便局へ寄って、郵便局の「お中元」のカタログを何種類かいただいてきた。
 帰宅してペラペラとながめてみたのだけれども、やはり「お中元」は「お中元」で、まあ大半はありふれたもの。そういうのでもいいんだけれども、「何か<珍味>というか、珍しいものはないものか」と探す。いくつかそういうモノもあったのだけれども、わたし個人としては、しばらく前に知人に贈った「北海道産のジビエの缶詰」を「どんな味だろう?」と自分でも注文してゲットしたものが、「これはたしかに珍しい味だ」と美味だった記憶が強いので(中でも「エゾジカの大和煮」は美味しかったなあ)、今回もやはりそんなヤツにしようか、とは思うのだった(郵便局にはないので、ネットで検索しよう)。

 さて、ようやく「ゴジラ映画」鑑賞も一段落ついた。あらためてそんな「ゴジラ映画」を思い返してみると、「どんな映画だったっけ?」と、すでに思い出せない作品もいっぱいあるのだが、元祖『ゴジラ』(1954)は別格として、わたしにとって面白かったのはなぜか『ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃』(1969)だったりする。あとは『ゴジラvsデストロイア』(1995)とか、前から好きだった『ゴジラvsビオランテ』(1989)あたりかな? それで、振り返ってみて、「ゴジラ映画」のその後のヤバい方向転換は、『キングコング対ゴジラ』(1962)にあったんじゃないかな、とは思う。

 まだまだ「ゴジラ映画」はつづいて『シン・ゴジラ』、『ゴジラ-1.0』と観るつもりだけれども、今日はブレイク。先日見つけて気になっていた、フランク・ザッパのドキュメンタリー『ZAPPA』を観たのだった。

 夕食は「何にしようか?」と考え、冷蔵庫の中をチェックしてみたら、しばらく前に買って忘れていたブロッコリー(半分以上ある)が見つかり、出してみたらもう、房も黄色っぽくなってしまっていて「ヤバい」状態。こいつが何とかならないだろうかとしっかりゆでて、炒り卵と刻んだウィンナーといっしょに炒め、味付けはほとんどマヨネーズだけでお皿に盛った。
 ‥‥うん、ちゃんと「ブロッコリーだね!」という味だったし、OKではあった。