ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

2024-05-23(Thu)

 午前中に近所の西の方のコンビニへ出かけ、その帰り道に普段は歩かない道を歩いてみた。そのコンビニの裏手には児童公園があることは知っていたが、そっちへ歩いてみると公園のヘリには立派な木が生えていた。

     

 前から思っていたのだが、このあたりの公園はどこもその周囲に、みんな大きな木が植えられている。もちろんそこまでの大木というのではないが、あたりの住宅の屋根をはるかに越える木というのは、眺めていても気もちが良くなるものだ。
 ただわたしは草花や樹木を見ても、たいていはそれが何という草花、何という木なのか、その名前がわからないということが残念だ。「植物図鑑」とか「樹木図鑑」というものを買っておこうかなあ、などと思ったこともあったのだけれども。

 帰り道歩いていて、鳥の鳴く声が聴こえてきたのだが、「チュンチュン」と、ちょっとスズメに似た鳴き声だったけれどもスズメではない。あたりの電線にはムクドリがとまっていたのだけれども、ムクドリがそんな声で鳴くのだろうか。これもまた、「その鳴き声で鳥を特定できるか?」という問題だ。まあよく知られた鳥ならわかるけれども、ひとたび聴きなれない鳴き声が聴こえてくると、「この鳴き声は何という鳥だろう?」という問題にぶち当たるのだ。

 この日も昼食は「納豆」ですませ、午後にはいつものように「ゴジラ映画」。今日は『ゴジラvsモスラ』を観たのだった。
 どうやらこの「平成ゴジラシリーズ」、ゴジラの存在だけは1954年の第一作『ゴジラ』から引き継がれているようだけれども、モスラとかは「昭和ゴジラシリーズ」はなかったことにされ、この作品で「初登場」という設定らしい。それでもストーリーに、1964年の『モスラ対ゴジラ』と同じようなところも見られたと思う。

 昨日、「袴田事件」の再審において、検察は今なお袴田氏に「死刑」を求刑し、批判を浴びている。
 袴田氏は1966年に逮捕されて以来、2014年に「再審開始と刑及び拘置の執行停止」の決定によって釈放されているのだけれども、この50年近い収監拘束期間は「世界最長収監」としてギネス世界記録に一時認定されていた。さらに、取り調べ中の「非人間的扱い」というものも問題視されている。
 その後の調査で当時の捜査側、検察側の提示した「証拠」に信ぴょう性に欠けるものが多く含まれていたこともわかり、特に事件から1年後にみそ工場のみそタンク内から発見された、袴田氏のものとされた衣類に付着していた血痕について、「1年以上みその中に入っていた衣類の血痕の赤みは、化学反応で消失されるはずとの弁護側の主張があり、「衣類は捜査側のねつ造である」と訴えていた。
 しかし検察側は今回、「条件によっては血液の赤みは残ることもある」として弁護側の主張を退けたのだった。
 これはすごい論理というか、「絶対に残る」とは言っていない。この論理でいけば、わたしだって「知らない場所での殺人事件」に関して、「行けた可能性はあるのだ」ということで殺人犯にでっちあげられてしまうのだ(わたしのアリバイなんて誰も証明する人はいない)。
 まあこれは飛躍した論理だけれども、すでに事件から60年近くも経過し、関係者の多くも物故して、もはや捜査のやり直しなど不可能になっている今、その後の調査で捜査陣の提出した証拠にあれこれの疑問も出てきているわけで、これは初動捜査で真犯人を取り逃がしているという可能性も高いだろうし、よほどの「絶対的」な証拠もない以上、50年近く拘束した袴田氏にこれ以上の「精神的苦痛」を与えつづけるというのは、人道的にも「無茶」なのではないだろうか(かつて、「自白を強要」していたという証拠も残っているのだ)。
 今回の検察の「死刑」求刑についてももちろん、「検察のメンツのためではないのか」という疑念の声が拡がっているのだ。