ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『大怪獣バラン』(1958) 黒沼健:原作 本多猪四郎:監督 円谷英二:特技監督

 東宝の怪獣映画に登場した怪獣では、その後の「怪獣オールスター映画」に再登場して活躍する機会のほとんどないのが、この「バラン」。わたしはこの「バラン」の面構えや身体デザインとか、かなり好きなのだが、「怪獣映画」としては物足りないところもあったのは確かなこと。

 東宝の怪獣映画としては、昨日観た前作の『空の大怪獣 ラドン』につづいて黒沼健の原作なのだが、彼が怪獣映画に関わったのはこの2本だけになる。彼が怪獣映画から手を引いたのがこの『大怪獣バラン』の当時の低評価によるものかどうかわからないが、監督もプロデューサーの田中友幸も、「失敗作だった」というような発言をしている。
 わたしの記憶では、ずいぶん以前にこの映画をテレビ放映するという話があったらしいのだが、映画の中で東北の一地域を「日本のチベット」などと呼び、未だ近代化されていないような差別的な描写もあったため、放映は差し止めになったという話を聞いたことがある。
 そもそもこの映画、アメリカの会社がテレビ放送用に東宝に話を持ち掛けたことが発端だったといい、「日米合作」という企画だった。その時点でプロデューサーの田中友幸は「低予算でやろう」と決めたといい、そのあたりに『空の大怪獣 ラドン』がカラー作品だったのに、ここでまたモノクロになってしまった理由もあるのだろう。「ラドン」ではラドンの破壊する福岡市のミニチュアの(金をかけた)精巧な出来も見どころだったが、この「バラン」でバランが破壊するのは山奥の集落、そして羽田空港の管制ビルだけである。

 物語も単純で、東北の山奥で日本にはいないはずの蝶が発見され、生物学研究所の所員が現地調査に行くのだが、その山奥の集落ではむかしから「バラダギさま」という神(?)が崇拝されていて、湖への道には柵がされていて調査の所員が山奥に向かうことを禁止する。振り切って所員が奥の湖のほとりに行くと、巨大な怪獣「バラン」があらわれ、集落を破壊するのだ。
 帰郷した所員の報告を受け、生物学研究所所長は「その怪獣を東京に来させたりしてはならない」と、自衛隊に出動してもらう。
 湖の中に潜んでいたバランは攻撃を受け、まるでムササビのように手足の被膜を拡げて飛び去ってしまうのだ。

 バランは東京湾沖に発見され、自衛隊爆雷攻撃を受けるがこれをかわし、ついに羽田空港に上陸するのだ。
 バランにはどのような攻撃も効果がないが、バランの行動を観察していた生物学研究所所長が、バランが空から落下する照明弾など「光るモノ」を捉えて呑み込むことに気づき、照明弾の下に新開発の強力爆弾をぶら下げ、バランの上から落下させる。思惑通り爆弾を食べたバランの体内で爆弾が爆発し、バランは死んでしまうのではあった。おしまい。

 この映画には「核実験」だとか「地球温暖化」で怪獣が出現したのではないか、などの言説はいっさい語られない。ただ、日本には生息しないはずの蝶がバランのいた近くにいたことだけが、何かバランと関連付けられる気もするが、そのあたりの言及もいっさいない。
 どうもバランはその土地でむかしっから「バラダギさま」として祀られていたようであり、かなり古い時代からその山奥の湖に棲息していたようにも思える。ところでこのあたりの展開、初代『キングコング』で島の原住民が巨大な砦をこさえて、その向こう側への立ち入りを出来ないようにしていたことを思い出す。『キングコング』でもコングは島民に祀られていたわけで、類似性は大きいと思う(あとで知ったが、『ゴジラ』にもそういう設定はあったとのことだった)。
 まあその地の集落をいちどはめちゃくちゃに破壊したとはいえ、バランはまた湖に戻っているわけだから、「東京に来させてはならぬ」と攻撃したのはまさに「藪蛇」というか、眠れる獅子を起こしてしまった愚行だったように思える。おとなしく山奥にのんびりさせておけばよかったものを。

 生物学研究所の所長役で千田是也氏が出演していて「意外」な気がしたのだけれども、実は千田是也氏は大の「特撮映画」ファンで、この作品以外にも何本か、東宝の特撮映画に出演しているらしい。
 「怪獣映画」といえども若い女性が登場することは一種の世界の「お約束」で、この映画でもさいしょのバランの狂乱で死亡した生物学研究所の所員の妹、という女性が登場するが、この女性は新聞記者で、主役クラスの男性とのロマンスという展開よりは、現場で取材しまくって単に「じゃまもの」というような存在だ。

 映画の中ではバランが暴れるのはさいしょの登場シーンの集落破壊と、ラストの羽田空港管制塔破壊ぐらいのもので、あとはただ自衛隊の攻撃を受けるばかりのシーンだった。東宝の怪獣としては「水中もOK、空も飛べるぜ!」という異能を持っていただけに、もっと堂々と活躍していただきたかったところではあった。
 あと、この作品も音楽は伊福部昭なのだけれども、バラン登場シーンの音楽もいいし、初めの方にはピアノ曲も出て来て、バラエティに富んでいるというか、わたしはこの作品の音楽は好きだ。