ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ』(2018) クラウディオ・ポリ:監督

 美術作品は、アクチュアルな一面では「社会へのメッセージ」であり得るが、一方でその評価が定まった古典的作品では「財産」という意味を持つ。このドキュメンタリーからは、(作品の意図かどうなのか)その分裂が意識させられた。

 このドキュメンタリーは、ナチスドイツによる美術作品の略奪を大きなテーマにしている。
 正式に購入することでナチスが入手したケースもあるが、主にナチスに追われたユダヤ人富裕層が、アメリカへ亡命するパスポートを入手するために、一族の財産である美術作品を安値で買い叩かれたケースも多く、「正式」とは言い難いだろう。それ以前に、まさに収容所送りになったユダヤ人の財産を、そのまま略奪してもいる。
 このドキュメンタリーは、そんなナチスによる美術作品の収集(この背後には、総統のヒトラー、そして最高指導部のゲッペルスの「個人的嗜好」があった)の過程、そして終戦後、ナチス解体後のそれら美術作品のそもそもの所有者への返還の過程を主にしている。

 一面で「美術王国」でもあろうとしたナチスドイツは、ミュンヘンに建立した「ドイツ芸術の家」と名付けられた美術館で、1937年から1944年まで毎年「大ドイツ芸術展」を開催するのだが、その一方でナチスドイツの芸術感(というか美意識)に合致しない作品を集め、有名な「退廃芸術展」を開催するわけだ。
 このあたりの「退廃芸術展」への言及は、このドキュメンタリーの中では長くはなく、わたしとしではこのあたりの経緯をもっと知りたい、「退廃芸術展」こそをクロースアップしたドキュメンタリーを見たいものだとは思った。例えば今では有名な画家であるエミール・ノルデなどは、何と彼自身が「ナチ党員」だったにもかかわらず(ゲッペルスはノルデの花の絵が好きだったらしいが)、彼の絵画作品は「退廃芸術展」に展示されたというのだ。このあたり、じっさいにノルデの当時の生活はどうだったのか、などもっと詳しく知りたいと思った。あとで調べてみると、じっさいにナチスドイツ下で彼は迫害を受け、絵画制作も画材購入も禁止・制限されたといい、終戦後に当時描いていた水彩画をもとにして、油彩画を描いたのだという。

 ヒトラーは「大ドイツ芸術展」のオープニングで演説を行い、「アーリア人の芸術は崇高で美しい」とし、一方で「文化を破壊する芸術家」、「ユダヤ人画商」を攻撃したのだった。
 タイトルにある「ヒトラーVS.ピカソ」というのは、決してこの作品の主題ではなく、ラストの数分に、ピカソのアトリエに来たゲシュタポピカソとのやり取りが語れらたところからのもの。ゲシュタポピカソのアトリエにあった「ゲルニカ」のポストカードを見て、「これはあなたの仕事か?」と聞くのだが、ピカソは「いや、あなたがたの仕事だ」と答えたという。
 ピカソは「芸術家はこの世の果ての悲劇や喜びに、敏感な政治家であるべきだ。無関心であっていけない」と語ったという。

 そういう過程から、このドキュメンタリーは「人々をなぐさめもし、啓発もする」芸術の二面性を語って終わるのだが、この作品のほとんどは「財産としての」美術作品について語っているわけで、このラストの言質は、いくらか「とってつけたような」印象を受けてしまうのだった。