ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『ジュラシック・パーク』(1993) スティーヴン・スピルバーグ:監督

 「先史時代の恐竜」が人間と対峙する、特にこの文明社会の中に「恐竜」があらわれて暴れるというのは、ひとつ映画という表現の「夢」というか、まあ『ゴジラ』だってこういうモノよ、とも言えるだろうし、『キングコング』にはいろんな種類の先史時代の恐竜らが登場し、見ていても「あれはステゴザウルスだ!」とか「ティラノザウルスだ!」とか夢中になっていたものだ。そのあとにレイ・ハリーハウゼンも『恐竜100万年』などという映画をつくっているが、これは「人類」と「恐竜」が同じ時代に共存していたという、「インチキ」映画ではあった。

 そんなことを言い出せば、「恐竜(怪獣)映画」なんかみ~んな「インチキ」だ!ということになるわけだけれども(そんな乱暴なことはわたしは言わない)、そこでどう「リアリティ」を持たせるかと、一種「SF映画」として映画製作者は腐心したわけだ。
 そこで、『ジョーズ』などという、怪獣のような巨大なサメの暴れる映画を撮ったスピルバーグ監督が、いろいろとCG技術も発達した時期になって、こういう「現代社会に先史時代の<恐竜>がよみがえった!」という作品を撮るのは、ある面で「必然」だったのかもしれない。

 しかしそうやって撮られたこの『ジュラシック・パーク』、『キングコング』のようにモンスター(恐竜)が「都会」で暴れるというものではなく(そんなの、今の「兵器」でもってすれば「恐竜」なんか瞬殺ではあるだろう)、隔離された「サファリ・パーク」のようなところで「恐竜」たちが暴れまくる、という作品になり、それは「パーク」の管理システムが無効になったゆえ、というお話になった。

 まあ「どうやって、そんな先史時代の生物を現代によみがえらせたか?」っつうのが大きな「障壁」だっただろうけれども、そこをいい加減な理屈でクリアしたことで、この映画も可能になったわけだろう(「蚊」が巨大な恐竜の分厚い皮膚にへばりつき、その皮膚の奥の血液を吸ったなどということは「アンビリーバブル」だが)。

 先に書いておけば、この映画での「CG技術」は、映画製作から30年を経た今になって観ても「すばらしい」もので、そういうところでは観ていて「驚嘆」したし、それがどこまでスピルバーグ監督の演出技術と絡み合っていたのかわからないが、とにかくは「大変な作業」だっただろうことは理解できる。

 しっかししかし、書いたように、この映画のストーリーの根本はその「ジュラシック・パーク」の管理システム崩壊からの「パニック」であり、映画を観ているとそういう「管理システムの崩壊」というものがあまりにお粗末で、映画として「どうなのよ!」って感覚にはなってしまう。いやそれ以外にも、「この登場人物の行動はどうなのよ?」っつうのがあまりに多すぎる気がした。

 まあ「あら捜し」みたいにおかしいところをいちいち書いていけば、簡単に1万文字を超えてしまいそうだけれども、最低限のことは書いておきたい。
 そもそも、この「パーク」のセキュリティは、あの「胚種」を持ち逃げしようとした男ひとりでまかなっていたのか? あれだけの規模の組織でそれはあり得ない。だいたい、彼がセキュリティをログアウトしてとんずらしまったあと、まずは「誰もなすすべがなかった」っつうのがすごいし、それがいちど電源を落とし、再びシステムを立ち上げたらば「ログイン状態」に戻ってるなんて、な~んの「セキュリティ」にもなっていないではないかと驚く。
 そういうことでさらに言えば、「1万ボルト」という電流を使いながらも「電気責任者」「設備管理者」が常駐していないのもすごいし、だいたいいくら本格的なオープン前とはいえ、パーク内の「救護班」が存在しないことも、これでは「遊興施設」として国の認可は受けられないだろう(もう、「国」の管理を受けないアナーキーなところでやってるのかも知れないが)。

 自分の孫たちの安否が不明だという朝に、パクパクと朝食を食べてニコニコしているオーナーもすごいけど、その「朝食」を準備した連中はどこへ行ってしまったのだろう? だいたい全体に、「登場人物」が少なすぎる。
 そういうことでちょびっと思ったのは、この映画、黒沢清監督の『地獄の警備員』に似ている気がする。
 「どこがどう似ているのか」書くとまた長くなってしまうのでやめておくが、ところがここで調べてみると、その『地獄の警備員』はこの『ジュラシック・パーク』よりも先に公開されていたのだった。むむむ、スピルバーグ監督は『地獄の警備員』を先に観て、影響を受けていたりして?
 いや、このことは「映画とはどのようにつくられるものか」ということで結び付いているのだと思う。「完璧な映画」(いつの世も、「夢」の存在)ではなくして進行して行く「映画」のことではないだろうか?

 出演俳優のことをひとこと書いておけば、終盤にローラ・ダーンをサポートした、マルドゥーン役のボブ・ペックという役者さんがあまりにカッコよく、惚れてしまった。調べてみるとこの方はロイヤル・シェイクスピア劇団に長く専属されていた方だったけれども、残念なことにこのあとまだ若くして早逝されてしまったらしい(あまり映画出演作はないようだ)。残念だ。