ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『Clichés』(1993) Alex Chilton

     

 すっごい久しぶりに、CDについてのレビューを書いてみよう。もう30年近く前にリリースされたアルバムなのだな。わたしはリリースされてすぐに購入し、ずっと「愛聴盤」だった。
 日記にも書いたけれども、そのCDは棚に入れてあったあいだに盤が腐食してしまっていて、途中から先が聴けなくなってしまっていた。それで今回、「やはり手元に置いて聴きつづけたい」と再購入した。

 さっそく聴いたが、やはり良い。「格別」である。ひょっとしたらわたしの生涯の「ベスト1」かもしれない。

 アレックス・チルトンのことを少し書いておかなくてはならないと思うけれども、彼はわずか16歳の時に「Box Tops」というバンドのリード・ヴォーカリストとして、そのバンドの「The Letter(あの娘のレター)」(1967)などの大ヒット曲によって「超有名」になる。
 「Box Tops」は1970年に解散し、アレックス・チルトンはその後「Big Star」というバンドを結成する。リリースした3枚のアルバムは今評価も高いけれども、商業的な成功は得られなかった。
 「Big Star」の解散後、アレックスはメンフィス~ニューオーリンズに引きこもり、わずかな音楽活動に並行して、皿洗いの仕事をやっていたのだという「伝説」もある。
 そんな時期、アレックスはパリを拠点とするレコード会社「NewRose」との関係を深め、ソロ・アルバムをリリースするようになる。この「Clichés」もそんな一枚だが、この時期からのアレックス・チルトンは、50年代、60年代のポップスやジャズ曲のカヴァー、そして自作オリジナル曲を含めたアルバムを複数リリースし、「次はどんな曲をカヴァーするのだろうか」などという楽しみを持たせてくれた。
 それでも2010年3月17日、彼は心臓発作のために急死されてしまった。彼はアメリカの「健康保険」に加入していなかったので、彼の突然の死は、そんなアメリカの医療体制の欠陥によるものではないかとも言われたものだった。享年60歳。まだまだ若すぎる死だった。

 このアルバム、アレックス・チルトンの4枚目のソロアルバムなのだけれども、収録曲は以下の通り。

1 My Baby Just Cares for Me
2 Time After Time
3 All of You
4 Gavotte
5 Save Your Love for Me
6 Let's Get Lost
7 Funny (But I Still Love You)
8 Frame for the Blues
9 Christmas Song
10 There Will Never Be Another You
11 Somewhere Along the Way
12 What Was

 すべての曲がアレックス・チルトンのギター弾き語りによるもので、いわゆる「一発録り」というようなものだろう。
 自作曲~オリジナル曲は1曲も収められてなく、全曲が1950年代のスタンダード曲(バッハの曲も1曲含まれているけれども)。いわゆる「ロック」以前の時代の曲を選ぶことで、彼の考える「歌心(うたごころ)」というものが前面に押し出されているかとは思う。
 しかし、アレックス・チルトンという人は際立って歌の上手いという人ではないし、ギタープレイだっておぼつかないところがあるというか、まあわたしはこの言葉は好きではないのだけれども、「ヘタウマ」という言い方もできるのだろうか。

 まず1曲目、オープニングの「My Baby Just Cares for Me」は1930年代に書かれた古い曲だけれども、1987年のニーナ・シモンのシンギングで知られることになり、ニーナ・シモンの「再評価」のきっかけにもなった曲。アレックス・チルトンはそのニーナ・シモンのヴァージョンに忠実な演奏/歌唱で、ソリッドでカッコいいオープニングになっている。
 次の「Time After Time」はフランク・シナトラの歌唱で有名みたいだけれども、それよりも前にチェット・ベイカーもレコーディングしているみたいだ。アレックス・チルトンチェット・ベイカーの曲をいくつもレコーディングしていて、この「Clichés」でも、チェット・ベイカーの代表曲「Let's Get Lost」を演っていて、このアルバムのハイライトにもなっているかと思う。そう、「There Will Never Be Another You」もまた、チェット・ベイカーの取り上げていた曲だった。
 「Funny (But I Still Love You)」はレイ・チャールズの曲で、単にこのアルバムが白人ジャズ・ヴォーカリストの曲のカヴァー集ということから、アルバムの世界を拡げているように思う。
 ラストの「What Was」という曲のことはわからないのだけれども、このシブい抑えたシンギングなど、この好アルバムの「締め」にふさわしい選曲だと思う。

 このアルバムの、わたしにとって「何がいいのか」ということを少し書いておかないと思うけれども、先に書いたように、アレックス・チルトンは「すばらしい歌唱力」を持ったシンガーではないだろうし、「卓越したテクニック」のギタリストでもない。しかしそれでもなぜ、このアルバムはわたしを惹き付けるのだろう?
 ひとつには、ここでカヴァーされている曲が基本「50年代」とかの古い曲だということにもあるだろう。まあ「My Baby Just Cares for Me」や「Let's Get Lost」、そして「Christmas Song」などは知名度の高い曲かも知れないけれども、全体にあまり知られた曲は少ない。そして、そういう古い曲はある意味で「大人の歌」というか、60年代以降のいわゆる「ポップス」ではなく、そこで聴き手に「しっとり」と聴かせる「曲本来の」魅力があるのではないかと思う。そんな曲でアレックス・チルトンは、まさに「てらいのない」素直なシンギング、ギタープレイを聴かせてくれ、そこにそれらの古い曲の「原点」をも聴かせてくれるように思うのではないだろうか。
 まあアレックス・チルトンはほかのアルバムでは「60年代」のポップスも多数カヴァーしていて、そっちはそっちで「魅力的」なのだけれども、やはりこの「Clichés」というアルバムは「別格」なのだ。

 わたしにとって、心をリラックスさせるためにも、これからも何度も何度もリピートさせて聴きたいアルバムだろう。

 一曲だけこのアルバムから、YouTubeにあった「Let's Get Lost」をリンクさせておきます。