ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『ベルファスト』(2021) ケネス・ブラナー:脚本・監督

   f:id:crosstalk:20220402172431j:plain:w400

 アイルランドベルファスト)が舞台で、映画もモノクロだというので、てっきりケン・ローチ監督の作品かと思ってしまっていたのだが、これはケネス・ブラナーの自伝的作品なのだった。じっさい、Wikipediaケネス・ブラナーのことを調べると彼はベルファスト生まれで、9歳のときにイギリスのレディングに移り住んだのだとあった。
 実はわたし、このところ「モノクロ」の映画(それも、古い映画ではなくって新作で)を観たいという欲求がなぜか強まっていて、そんなところにこの映画が「モノクロ」と知り、それだけでも観たくなってしまっていた。

 それともうひとつ、この映画ではヴァン・モリソンの曲が何曲か使われているとの情報も得て、そのこともわたしをこの映画の上映館へと後押ししたのだった。
 実は映画を観始めると、オープニングのクレジットに思いっきり「Music:Van Morrison」の文字が浮かび、「えええ! ヴァン・モリソン音楽監督なのか!」と驚いてしまった。
 じっさい、映画の中ではヴァン・モリソンの曲が断片的に何曲か使われていたのだけれども、よく確認していないのだけれども、映画の中で使われたインストゥルメンタル曲もヴァン・モリソンの作曲によるものだったという情報もあった。

 ただ、観終わってみて、ヴァン・モリソンの曲がいっぱい聴けたのはうれしいのだけれども、実のところ、この映画の時制である1969年にじっさいにヒットしていた曲を聴かせてくれるとか(例えばタランティーノの「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」みたいに)してくれたなら、この時代の洋楽にまみれて生きていたわたしにはもっともっとうれしかった気もする。わたしが聴き取れたのは後半に使われたLove affairの「Everlasting Love」だったけれども、調べたらこの曲がイギリスで大ヒットしたのは1968年のことだったみたい。
 興味を持って、アイルランドでヒットしていた曲はイギリスと同じようなものかな?と、この映画の時制1969年の8月にどんな曲がイギリスでヒットしていたのか調べてみると、ローリング・ストーンズの「Honky Tonk Women」とか、アンディ・キムという人の「Baby, I Love You」(この曲はアメリカではヒットしてないので、わたしの知らない曲だ)とかだった。

 ‥‥脱線してしまいました。ついでに脱線しておけば、この映画には主人公のバディ(ジュード・ヒル)が家族(お父さん、お母さん、そしてお兄さん)と映画館で観た映画(『恐竜100万年』、『チキチキ・バンバン』)や、バディが自分ちのテレビで観た古い映画(『真昼の決闘』、『リバティ・バランスを撃った男』)、テレビ番組(『スタートレック』、『サンダーバード』)などの映像も流れ、特に『真昼の決闘』などは主題歌も流れ、バディのお父さんが町のプロテスタント側の男と対峙するときにシンクロする。
 『恐竜100万年』という映画はレイ・ハリーハウゼンが特撮を担当した1966年の映画で、怪獣好きだったガキンチョのわたしもこの映画のことは覚えてる(観てないけれども)。この映画には当時「お色気女優」としては一番の人気があったラクエル・ウェルチが「原始人」として、「それってビキニじゃん!」っていう面積の小さな毛皮をまとって出演していたのね。この映画でも、家族がこの映画を観に来てるけど、ラクエル・ウェルチが出てきたところで、お母さんがお父さんに「あなた、これが目当てだったのね!」って言って笑かせてくれる。
 『チキチキ・バンバン』はディック・バン・ダイクとかの主演した1968年のミュージカルで、ほんとうは「Chitty Chitty Bang Bang」なんだけれども、日本人には「チティ・チティ」というのは発音しにくいから『チキチキ・バンバン』になってしまった。わたしは観てないけれども、けっこう日本でもヒットして主題歌も流行ったと思う。「空を飛べるクルマ」の話だったと思うのだけれども、この『ベルファスト』の映画では、じっさいの『チキチキ・バンバン』の映像と、それを見ているバディの家族ら観客席の映像とをうまい具合に切り返し、映画がまるでディズニーランドのアトラクションのように感じられる。ここは監督のケネス・ブラナーの才気の光る演出だった。

 映画とちょくせつに関係ないことを長々と書いてしまったが、つまりこの1969年、「アイルランド紛争」も悪化し、ベルファストでもカトリックプロテスタントの衝突も大きくなるし、バディの家族はアイルランドを出ることも考えているわけ。
 ただこの映画、そういう「アイルランド紛争」がらみの政治問題、宗教問題のややっこしい作品ではなく、そういうことはまったく頓着しないでも楽しめる作品になっている(これはこの作品が9歳の少年、バディの視点で描かれていることにもよるだろう)。
 基本は、9歳の男の子の視点からの家族との関係、外の世界への関係を「気もちよく」描いた作品だと思う。映画の中の「お父さん」はイイ男でどこまでもカッコいいし、「お母さん」もまた美人で、バディを愛する気もちがひしひしと伝わってくる。おじいちゃんとおばあちゃんとの関係も素敵だ(おばあちゃんを演じているのはジュディ・デンチだ)。
 終盤に、お父さんとお母さんとがクラブでのダンス・パーティ―に参加しているシーンがあるのだけれども、ここでのお父さんお母さんの二人が、それまでの役柄を離れてあまりにカッコいい。特にお母さんが美しすぎる、ダンスがカッコいいのだ、などと思ったら、このお母さんを演じたカトリーナ・バルフという女優さん、そもそもがアイルランドでのトップモデルだったらしいのだ。

 「いや、そういう行動はありえないでしょ!」みたいなストーリー展開もないではないけれども、別にドキュメンタリーではないんだからいい。わたし的には実に楽しめる映画だったし、その家族愛に胸が熱くなるのだった(特にラストのジュディ・デンチのまなざし)。そして何より、「環境に優しい」映画ではあった(笑)。