ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(2021) ウェス・アンダーソン:監督・脚本

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 長いタイトルだけれども、これはつまり、こういうタイトルの雑誌なのであり、この映画はイコールその雑誌なのである。「カンザス・イヴニング・サン」というアメリカの架空の新聞社が、フランスの架空の町「アンニュイなんとか」というところに編集部を置いて、この「フレンチ・ディスパッチ」という雑誌を出している。ところがこの雑誌の創刊者でずっと編集長だった人物(ビル・マーレイ)が急死し、彼の遺言で雑誌は廃刊されることになる。この映画は、その雑誌の「最終号」。その内容は1つのレポート(短かい)と3つの物語記事であり、つまりこの映画はそんな4つの短篇を合わせた「オムニバス映画」とみることができる。それぞれを、その記事を書いた「フレンチ・ディスパッチ」の記者が紹介するというか。

 こういうのでは、その昔、月に一回だか隔月だか、それとも季刊だかで、短篇を合わせたヴィデオ(VHS)が刊行されていたような記憶もあるのだけれども、確かな記憶ではない。
 けっこう全体に早口のナレーションで進行し、その情報量がハンパではないようで、一回漫然と観るだけではその情報を把握しきれない感覚におちいってしまう。それで、「わからないところは放置しよう!」と心に決めてスクリーンに向かう。

 まずはくせのあるヴィジュアルの展開に目を奪われ、ここでもゆっくり観たいと思っても画面はどんどんと変化していってしまう。短いショットでも美しい画面がいっぱいある。
 冒頭なんか、エゴン・シーレが描いた街角の建物の絵みたいな、平面的な建物の壁に窓や樋が並び、美しい淡い色彩で塗り分けられているショットで、その建物の中の階段を人が上がって行き、つまりは「実写」だとわかるのだけれども、とっても気に入った。ネットでその写真を探したら見つかったのでのっけておく。

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 ついでに、エゴン・シーレのそんな建物の絵も見つかったので、ここに載せておく。「ぜんぜん違うじゃないか」と思われる方もいらっしゃるだろうか?

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 ウェス・アンダーソン監督は、こういう感じで建物とか平面的に正面から撮るのが好きというか、前作『グランド・ブダペスト・ホテル』でもホテルの外観を正面からデ~ンと撮っていたと思う。
 この作品は色彩設計も巧みで、基本はこういう淡いトーンの彩色で原色はあまり使われていない(時にモノクロームになる)けれども、2つめの話では強い黄色が効果的に使われていたり、

 それで、わたしは近年の映画ではもうあまり俳優さんの名前もわからなくなっていて、映画を観ても主役級の俳優さんの名前がかろうじてわかるぐらいで、「知らない俳優さんばっかりだけれども、ま、いいや!」って観るわけだけれども、ウェス・アンダーソン監督の映画には、わたしでも知っている俳優さんにあふれている。その名前をいちいち挙げていけば、すぐに10行ぐらい埋まってしまうだろう。ほんのちょっとしか登場しない端役でも、「あの人の顔、見憶えあるんだよな~」ということもけっこうあって、あとで調べて「ああ、あの俳優だったのか!」とか思い当たったりした。

 3つの記事それぞれが、とっても面白かったのだけれども、さいしょのがベニチオ・デル・トロが刑務所服役中の凶悪犯だけれども、刑務所の中で絵を描きはじめたら「大傑作」だったというお話で、これをティルダ・スウィントンが記者として紹介する。
 ここでそのデル・トロの描く絵はピンクを基調とした絵なのだが、抽象表現主義的な見ごたえのある作品ではあった。あとで読んだのだが、その絵はティルダ・スウィントンの実の伴侶である人物が描いたのだという。

 2つめの記事は、おそらくはパリの「五月革命」をテーマにしたような作品で、音楽もファッションも60年代風。というか、ここでかかる女性ヴォーカルのフレンチ・ポップスは、ゴダールの『男性・女性』に出演していたシャンタル・ゴヤの歌で、わたしはシャンタル・ゴヤのベスト盤CDを持っているので、この曲は知っていたのだ(この曲自体、『男性・女性』で使われていたようにも思うが、CDを聴いてごっちゃになってしまってる可能性がある)。というかそもそも、この記事はゴダールのその『男性・女性』、そして『中国女』へのオマージュになっている。
 そのシャンタル・ゴヤの曲「Tu M'as Trop Menti」がYouTubeにアップされていたので、ココにリンクさせておきましょう

 長くなるので、ちょっと駆け足で書くけれども、3番目の記事は、途中にインサートされるアニメーションが楽しい作品。

 わたしはこのアニメーションにとどまらず、エンドクレジットに映される、その「フレンチ・ディスパッチ」誌の表紙イラストも、やはり原色を使わず淡い色で描かれていて「お気に入り」で、このイラストをしっかり見たいのでパンフレットを買ってしまったところもある。

 この映画に関しては何だか、あまりに書くことがたくさんありすぎる気もするし、また、そういうディテールを確認するためにももう一度観てみたいとも思うわけで、ソフトが発売されたら買ってしまいたい。とりあえずはそういうことで。