ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

2021-11-30(Tue)

 夜になって、「あれ?今日はニェネントのお母さんのミイの命日だったのでは?」と思いあたり、調べたらじっさいには昨日、11月29日がミイの命日だった。今年はミイの11周忌になるが、忘れてしまっていて申し訳ない気もちでいっぱいである。そんなミイの思い出、亡くなった日の回想などは去年の日記に書いたので、もう繰り返しては書かないけれども、正直言って、わたしにとってはわたしの父母の命日よりも大切な日で、そんな日を忘れてしまうというのはとんでもないことだ。
 昨日も今日も、そんなミイの追悼を何にもやらなかった。遅れたけれども明日には供養の品を求め、ニェネントといっしょにミイのことを追悼したいと思う。

 ニェネントだが、ニェネントが和室に引っ込んでいるところにわたしが和室に行ってみると、ニェネントはキャットタワーのてっぺんでまどろんでいたのだが、わたしが来たと悟ると、そばのクローゼットの上に跳び上がって「避難」逃亡してしまう。「なぜキミはそうやってわたしから逃げようとするのだ!」と、ちょっと暴力的に、ニェネントの足をつかんでクローゼットの上から引きずり降ろそうとしてしまった。
 これはいけなかった。ニェネントくんは「何すんだよ!」とばかりにわたしに猛烈に反撃し、思いっきりわたしに爪を立ててきた。顎のあたりに爪を立てられ、久しぶりに「流血の惨事」になってしまった。もう血だらけ。

 しかし、こんなことをわたしにやらかしたニェネントくんも、夜になってわたしがベッドに横になると、わたしの上に跳び乗ってきて「ねえねえ、遊ぼうよ!」などとやってくれるわけで、まさに「ツンデレ」ここに極まれり、という感じである。

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 今日は昨日ほどに寒くもなかったけれども、やはり「もう冬」という感じの朝だった。実はこの日は仕事の帰りに「やはりGrateful DeadのCDが欲しいな」という欲求が高まり、御茶ノ水のCDショップに寄り道してみたのだが、そのCDショップの開店時間は12時で、わたしが行ったのは11時半で早すぎた。残念。この金曜日にはまた歯科医の治療があるので、それが終わってから寄ればいいだろうと。

 帰宅して、いろいろネットとか見ていると、今週号の「Newsweek」が中国の特集で、いろいろと読んでみたくなり、そのままネット通販で注文してしまった。

 読みはじめたパトリシア・ハイスミスの『ゴルフコースの人魚たち』、今日は二つめの「ボタン」というのを読んだ。
 6年前に結婚した主人公には、5年前に重度の障害児が生まれた。おそらくは強度のダウン症候群の子のようだ。妻は本来は出産後しばらく育児に専念し、そのあとまた復職してキャリアを積み重ねるはずだったが、以後完全に仕事を辞め、愛情を持って子どもの世話につくしている。主人公はそんな状況を「やりきれない」と思い、子どもに感情移入もできずに鬱を募らせている。そんな気分の増大したある夜、主人公は真夜中の街を彷徨するのだが、そこで向かいから歩いてきた男に突然に襲いかかり、その男を絞殺して遺体を放置して家に戻る。
 それ以来、主人公は憑き物が落ちたように気分が晴れ、妻にも障害を持つ息子にも豊かな感情を通わせられるようになる。主人公の「お守り」は、彼が殺した男のジャケットからむしり取った一個のボタンなのである。

 この「ボタン」の主人公が、その夜になぜ通りすがりの男を殺したのか、そのことは解き明かされていない。まさに「衝動的」な行為ではあったのだろう。ひょっとしたら、障害を持つ息子を「抹殺したい」という無意識化の考えが、「代償行為」としてこの「殺人」へと向かわせたのかもしれない。
 いかにその「殺人」行為が「インモラル」で「犯罪」であろうとも、そのことで主人公が救われているのはたしかなことであろう。障害児との生活に行き詰まりを感じていた主人公、そのままではひょっとしたら悲惨なかたちで主人公家族は崩壊したかもしれないし、主人公の精神はいつまでも救われることもなかっただろう。
 もちろん殺人はどうあっても赦される行為ではないのだけれども、パトリシア・ハイスミスの作品にはこのような「反社会的行為」に寄り添うような作品がある。実はここに、わたしが彼女の作品に惹かれるところのものがある。

 夕方、久しぶりに「GYAO!」の無料配信映画で、『レッドプラネット』という作品を観てしまった。夕食はたくさんある白菜をなんとかしなければとは考えていたのだが、どうも調理がめんどうに思えて、残っていたご飯を使ってちゃっちゃっとチャーハンをつくってすませることにした。つくったのは長ネギとたまごだけのいちばんシンプルなチャーハンだったけれども、意外と今まで何度も何度もつくってきたチャーハンでもトップクラスにおいしいチャーハンになった。このレシピを忘れないようにしよう。