ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『なんでもない一日』シャーリイ・ジャクスン:著 市田泉:訳

 シャーリイ・ジャクスンは、1965年に48歳で亡くなられているのだけれども、それから30年ぐらいたって彼女の未発表原稿が何篇か発見されたという。それを機会に、彼女の長男と次女(この作品集の中の作品に二人も登場してくるのだけれども)とで彼女の未発表作品、単行本未収録作品を集めて「Just An Ordinary Day」という作品集を刊行した(1998年)。
 そこに収められた54篇から、30篇を選んで翻訳・刊行したというのが、この『なんでもない一日』。終盤の5篇は、彼女の実生活の「子育ての苦労(?)」だとか「買い物(通販)のトラブル」を書いたエッセイ風作品だけれども、意外とそれ以前の「フィクション作品」との距離は近いだろうか。

 たいていの作品は、おそらくは郊外地であろうと思われる土地に住む人ら、地域の人たちの日常を取り巻く「妄想」、「醜聞」など、どこか歪んだ生活を、冷ややかに見つめて描写しているというのか。それで読んでいると、シャーリイ・ジャクスンが読者を誤読に誘うような、ストーリーテリングの妙技も持っておられるようにも思う。時にそれは登場人物への悪意であったりするが、時にその悪意は読者に向けられているようにも思えるのだ。

 ひとつひとつの作品について感想を書きたい誘惑にも駆られてしまうのだけれども、30篇もの感想を書くのは並大抵のことではない。
 ここでちょっと、冒頭の「スミス夫人の蜜月」という(バージョン1)と(バージョン2)とが掲載された作品を、わたしなりに読んでみようと思う(結末まで書いてしまうのでご注意を)。

 スミス夫人は晩婚で初婚。その亭主は再婚で、じきに二人で新しい家に転居する予定である。しかしスミス夫人が町に買い物に出かけると、町の人皆が彼女のことを噂していて、「誰かが彼女に話をしなくっては」と言っている。「スミス夫人、あなたは新聞を読まないんですか?」と語りかける。スミス夫人は新聞を読まない。「だってスミス夫人、あなたのご主人は、新聞に出ている<前妻を連続してバスタブで殺害し、地下室に埋めた男>にそっくりですよ!」と。スミス夫人は「何言ってるのよ」って感じで聞き流し、家に帰ると、亭主のスミス氏に「早く新しい家に行きましょうよ!」とせきたてる。スミス氏は「それはいい。ぼくは早くに地下室に手をつけることができるから」という、というお話で、これが(バージョン1)。

 童話の「青ひげ」のヴァリエーションのような話でもあるけれども、この作品で、はたして亭主のスミス氏は町の人が言うようにほんとうに、結婚しては新妻を殺害する「連続殺人鬼」なのかどうかは断定されていない。もちろん最後に「地下室」の話をスミス氏がするから、「ああ、やっぱり!」と思うのがオーディナリーな読者だろうけれども、これらすべてはあくまで<推測>でしかないままに、この(バージョン1)は終わる。

 そして(バージョン2)だけれども、スミス夫人が町に買い物に行って町の人に「あんたの亭主は‥‥」との話をされるのは(バージョン1)と同じだし、町の人ももっと踏み込んだ話もするのだけれども、スミス夫人は「そんなことはない」と否定する。そして家に帰ったスミス夫人は、亭主のスミス氏に「どうしてそんなにぐずぐずしてるの?」としびれを切らし、「ねえ?」とスミス氏に誘いをかける。スミス氏も「そうだな」と椅子から立ち上がるのだという話。

 (バージョン1)を読んだ読者には、(バージョン2)でのスミス夫人のふるまいはまるで自分の運命を知っているようで、すべて承知でスミス氏に殺されようとしていると読みたがるだろうか。
 しかし、ここでスミス夫妻は「新婚ホヤホヤ」であり、そういうときに夫人が「どうしてぐずぐずしてるの?」と思い、「ねえ?」と誘いをかけるのだったら、そりゃあやることは決まってるんじゃないだろうか???
 どうも(バージョン1)と(バージョン2)をつづけて読むと、結果として作者のシャーリイ・ジャクスンの「フフフ、あなたはそう読んだでしょ?」というような、ちょっと意地悪い笑顔が思い浮かんでしまう。
 別にわたしのこの読み方が「正解」というわけでもなく、ある意味「どうとでも読める」ニュートラルなところを目指した作品でもあるだろう。

 しかしこの作品集(まあ作者が意図して編んだ作品集ではないが)を通読すると、「主人公はこういう人だと思って読んでいると、実はまったくちがう人だった」というような、「読者を裏切る」作品が複数あるわけで、シャーリイ・ジャクスンの意図として「読者を裏切ってやろう」というのはあるのではないだろうか。
 例えば「なんでもない日にピーナツを持って」という作品など、主人公の男性は町を歩きながら「この人はな~んていい人なんだろう」と思えるような善行を重ねるのだけれども、さいごに、実はそれは彼の奥さんとグルになった「ゲーム」なのだとわかったりする。「アンダースン夫人」という作品でも、町では人当たりもよくって評判もいい主人公が、実は陰では町中の人に「いやがらせ」の手紙を出しつづけていた、というような話(この話、今のSNS全盛のネット世界で「誹謗中傷」を繰り返す人らにしっかりあてはまりそうで「あららら」という感じだ)。

 そういうような、読む人をあざむくような作品だけではない多彩な作品が掲載されているのだけれども、おしまいの方の作者自身の子育てなど実生活を描いたエッセイ作品には、やはりほっこりさせられる。