ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017) チャン・フン:監督

 「光州事件」については、ある程度の知識はあった。しかし、ここまでに当時の韓国国内で「光州」だけが「Out of Limits」的に見られていたことはわからなかったし、軍隊が「自国民」に対して銃器を構え、「水平撃ち」をするという恐怖は、やはりこの映画によって初めて知り得たことだろうか。

 この映画がいいのは、何といってもその脚本にあるだろうと思う。ストーリーとしては完璧に「巻き込まれ型」であり、主人公のタクシー運転手は映画の初めでは「大学生は勉強してろ!」と、光州での反体制デモに否定的な意思を示すし、彼には「守るべき」幼い娘がいる。しかし、ただドイツ人ジャーナリストを光州まで連れて行き、また無事に帰ってくれば10万ウォンを得られるということにとびつく。なんとか光州にたどり着き、そこで彼とドイツ人ジャーナリストを助けようとする複数の人と出会う。
 ここまでで注目すべきは、そういったタクシー運転手とドイツ人ジャーナリストを助ける人々が誰もが、体制への「NO!」を語るような、反体制な人物ではなかったということだろうか。そういう意味で、この作品はうまく「政治性」を逃れているのではないか、という見方も出来るだろう。特に、通訳をやる学生がとってもいい。

 ただ、さいごにそのタクシー運転手がドイツ人ジャーナリストに「連絡先」を問われ、とっさに偽名を彼のノートに書きつけるというのは、そこで自分の本名を告げれば、あとあと「ヤバいこと」になるのではないかという、彼(タクシー運転手)のとっさの判断があったわけだろう。
 けっきょく、この邦題に反して、「約束は海を越えそこなう」わけだけれども、リアルな世界では、この映画のおかげでそのタクシー運転手の「実像」はあらわになったということもあったらしい。

 映画的にみれば、「室内での照明をもうちょっと‥‥」とかの感想もあるけれども、とにかくは「人と人とをつなぐヒューマニティー」を説得力を持たせながらも描いているということで、この映画を観る人がこの映画の主張を見誤ることはないだろう、というパワーを受け止めることになる。