ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『はるかな国 とおい昔』ウィリアム・H・ハドソン:著 寿岳しづ:訳

 原題は「Far Away and Long Ago」。ハドソンはこの本をイギリスで、1918年に出版するわけだけれども、この本に書かれているのはアルゼンチンでのハドソンの5歳から15歳までの想い出で、それはまさにイギリスからはるかにはるかに離れた地の、1856年ぐらいまでのことであるから、ハドソンがこの本を書いた60年以上昔のこと。まさに「はるかな国 とおい昔」である(ちなみに、ハドソンは1841年にアルゼンチンのブエノスアイレスに近いキルメスという村でイギリス人の両親のもとに生まれ、1874年ハドソン33歳ぐらいのときにイギリスに渡られ、1922年に81歳で亡くなられている)。

 この本はアルゼンチンの「パンパ」と呼ばれる地域で生きる少年の「記憶の書」なのだけれども、まずは少年の愛する鳥類への探索、馬に乗ることを憶えて行動範囲が拡がり、近隣の人たちの思い出、そして美しい自然の中の木々、犬やチンチラ、そしてヘビなどについて「思い出すことども」に満ちた本。学校のない現地で親が雇う「あやしい」家庭教師たちの逸話。乱暴で粗野なガウチョたちの思い出。その他その他、ここに書かれているのは「失われた世界」への追憶に満ちている。

 いい本を読んだ。この本の中の「この箇所」がよかったとか、すぐに思い出せるわけではないし、今はじっくりとこの本の感想を書く時間もないのだけれども、その「過去の追憶」に関しては、ハドソンは次のように書いている。

ところが今、それをなくしかけているような、気がしてきたのです――この世界を変えて、私だけの目に映る世界、魔法をかけられた国土、自然的であると同時に、超自然的な自然にしてしまっていた、この喜ばしい情緒を、なくしかけているような気が。人生の退屈な仕事に、私が深入りすればするほど、この情緒は、日を追い、時を追うて、いつの間にやら消え薄らぎ、はては、見ることも、聞くことも、脈打つこともやめてしまい、私の温かい肉体も死滅して、冷たくこわばってしまったかのように、跡形(あとかた)もなく失われるだろう。そして、死者生者の別なく、すべての人たちと同じように、自分の失ったものを、気づかずにいるだろう。

 でも、ハドソン氏はそれらが失われる前に、こうやってこの本に書き留められておられるのである。

 これから先、この本を読んだということはどこか心の奥でわたしの「支え」となってくれるように思える。いい本を読んだ。

 翻訳された寿岳しづさんとは、あのダンテの『神曲』の翻訳で著名な寿岳文章氏のご夫人ということで、この本の翻訳には寿岳文章氏の力添えも大きかったことが、「あとがき」に書かれていた。巻末の、この本に登場した動植物類の索引はほんとうに役に立つ。
(もっとちゃんとまとめて書きたかったが、思いがあれこれと錯綜して、まとめきれなかった。)