ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『岸辺の旅』(2015) 湯本香樹実:原作 黒沢清:監督

 この作品はフランスの製作会社も製作にかかわっているようで、単にカンヌ映画祭「ある視点」で監督賞を受賞したからというのではなく、フランスでかなりのヒットになったらしい。
 黒沢監督はいわゆる「サイコ・ホラー」風の作品と、マジに「ドラマ」風作品とを交互に撮り分けているような印象もあり、じっさいこの翌年の『クリーピー 偽りの隣人』はまたまた「サイコ・ホラー」に回帰(?)しているわけだ。
 それでもやはり、この作品は「今までの黒沢作品になかったテイスト」という感覚を強く受ける。

 ミズキ(深津絵里)の夫の優介は三年前に失踪して行方不明のままなのだが、その行方不明だった優介が不意に家に戻ってくる。しかし、優介は「オレは死んだんだ」とミズキに語り、彼が失踪してから自死してしまうまでの「思い出の地」を、いっしょに旅しようと言うのだ。
 ‥‥これは「黄泉の国」巡りというのか、生前優介が世話になったという人のところに行き、その人ら、家族らに会うのだが、その人は「死者」であったり、そうでなければ近親の死者が家族に訴えたいことがあったりする。
 旅の途中のミズキが朝にフッと目覚めると、そこは旅に出る前の「自宅」だったりして、そんな「旅」全体は長い「夢」なのかもしれない。

 優介に宛てられた朋子という女性からの一通のハガキをめぐって雄介とミズキは口論となり、ミズキはひとりでその雄介の浮気相手、朋子(蒼井優)をその勤務先に訪ねていく。その朋子の毒気に当てられたミズキは、「どこまでも雄介との旅を続けなければならない」と決意する。

 旅の途中ですでに早くに死んだミズキの父(首藤康之!)にも出会い、「おまえのことはずっと心配して見てきた。雄介のことは忘れろ」と言われもする。
 この旅の目的は雄介との「絆」を取り戻すことにあると理解したミズキは、旅のおわりも近いことを理解するのだった。

 この作品、ストーリーがどうとかいうより、そのストーリーと演出との絡み方が特出しているというか、わたしはここまでの作品は観たことがない気がする。映画として観たとき、ミズキが父と出会ったあとの展開、草原で遊ぶ子どもたちのあいだをミズキと雄介が歩いて行くシーン、そのあとのふたりがただ距離を置いてたたずむだけのシーン、そしてアップで雄介を捉えたカメラが横に移動してミズキの顔を捉えるショットとか、「これはすごい!」と息を飲むような映像、そして演出だった(この作品の撮影監督は芹澤明子)。随所でみられる、「暗さ」にこそ目を向けさせるような照明もまた、強く印象に残った。
 時にフル・オーケストラの音楽がヒッチコック映画のバーナード・ハーマンのようで面食らうのだけれども、「ありがちな音楽を避けよう」という意志だろうか。担当は大友良英と江藤直子だった。

 冒頭の、女の子がピアノを弾くシーンから、その部屋のカーテンが風で揺らめき、そういう「カーテンの揺らめき」は他でも見ることが出来、そのあたりは黒沢監督の「こだわり」というか、彼の別の作品とのリンクを思った。
 ミズキと雄介がいっしょにバスに乗るシーンは何度も出てくるけれども、今までの黒沢監督の「車中」のような「浮遊イメージ」こそなかったけれども、やはり「バス」は「バス」で、「場」を越える重要な役割を果たしていただろう。
 そう、わたしはふと、この作品のラストシーンは溝口健二の『山椒大夫』ではないかと思ってしまったのだが、どうなんだろう?

 深津絵里の繊細さを感じさせる演技と、それに対する浅野忠信の自然体を思わせる演技双方のぶっつかり合いもいいのだけれども、「ぶっつかり合い」というのではやはり、深津絵里に対峙する蒼井優が強烈で、ここでのふたりの顔の交互のショット、そしてこのシーン最後の蒼井優の(不敵な?)笑みにはノックアウトされてしまう。
 さあ、次の『スパイの妻』は、その蒼井優の主演なのだ。楽しみにしないわけがない。