ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『ノスタルジア』(1983) トニーノ・グエッラ:脚本 アンドレイ・タルコフスキー:脚本・監督

ノスタルジア [DVD]

ノスタルジア [DVD]

  • 発売日: 2002/11/22
  • メディア: DVD

 いつも映画を観たり小説を読んだりしてその感想を書くとき、ついついそのストーリーを長々と書いてしまうのだが、ほんとうはそういうことはあまりやりたくない。ダイレクトに感想を書きたいのだが、マイナーな作品だったりすると観たり読んだりした人も少ないだろうからと、ついサーヴィスのつもりでストーリーを書いてしまい、あげくに感想自体は5~6行で終わってしまったりする。それが今日観た『ノスタルジア』は、ストーリーを追って行ってもどういう映画だか伝わらないし、かえってわけわからなくなりそうだ。それで今日はダイレクトに感想をいっぱい書く。

 この映画を観るとわたしは、壮大な美術作品の中に入り込んでしまったような感覚になる。舞台はイタリアなのだけれども、その教会や廃墟の寺院の中をさまよう主人公は、故郷ロシアの風景を「幻視」する。それは「夢」であったりもするのだけれども、現実のイタリアはカラーであらわされるが幻視されたロシアの風景はモノクロである(統一されているわけではなく、わたしにはロシアのはずの場面がカラーだったところが少なくとも一ヶ所はあったと思った)。
そして、冒頭のシーンとラストシーンにあるように、そんなイタリアの廃墟の風景の中にロシアの風景、主人公のアンドレイの家の姿が入れ子状態にあらわされる。これは今のCG全盛の時代ならばわけなく作成できる映像だろうけれども、特にこのラストシーンは、じっさいの寺院の廃墟の内部にミニチュアでロシアの風景をつくったのだという。

 廃墟の多く、そして重要な「場」となる温泉には屋根がなく、屋外とも屋内とも見える不思議な光景が現出している。
 ドメニコという人物の住まいの中はやはり廃墟っぽいのだが、天井から水がしたたりまるで室内に雨が降っているようだし、部屋全体を使ったインスタレーションに見える。
 そしてやはり「水」。タルコフスキーの作品ではいつも「水」が美しく描かれるのだけれども、この作品でも温泉の水、そして廃墟の中にたまった水と、その美しさが際立っている。

 そしてこの作品のテーマだが、ストーリーは追えたとしても何がテーマなのかをつかむのはむずかしい。もちろん主人公アンドレイの望郷の念(ノスタルジア)という大きな主題があるだろう。ここではまず、アンドレイのイタリア旅行の目的がロシアの音楽家サノフスキーの足跡をたどってのことだったことを想起する必要もあるだろう。そのサノフスキーはイタリアからロシアに帰国すればつらい運命が待つことを知りながら帰国し、そして自殺したのだという。
 同じロシア人として、アンドレイの精神がサノフスキーと同化していき、それがロシアへの「ノスタルジア」となることは理解できる。しかしアンドレイが立ち寄った温泉地で知ったドメニコという男の存在が大きい。彼は「世界が終わる」と語って家族と共に7年間家に立てこもっていた男である。家族にとってそれは「幽閉」だった。アンドレイはドメニコという男に興味を持ち、彼の住まいを訪れて彼と対話する。その後アンドレイは帰国の準備を進めているときに、ドメニコがローマで人々の前で演説をしているという知らせを聞いて予定を変更し、ドメニコが「ろうそくの灯を消さずに温泉の中を横切れば世界が救われる」とのことづてを実行するのである。
 ここで、「世界の救済」というテーマが大きく浮上する。ドメニコが演説の後に焼身自殺をし、アンドレイがろうそくの火を消さずに温泉を横断したとき、アンドレイは倒れる。「世界の救済」と「世界を救済しようとした個人の死」はここではつながっているのだろうか。そして、アンドレイが救った「世界」とは、ラストシーンにあらわれるアンドレイの故郷の世界なのだろう。

 アンドレイが使命を果たす、ろうそくの火をともして温泉を渡るシーンは、とちゅうで2度ろうそくの火が消えてしまってやり直し、3度目に成功するが、カメラはワンシーンワンカットでその行程を追って行く。だんだんにカメラはアンドレイに寄って行き、そしてさいごにはろうそくを持つアンドレイの手のみのアップになって行く。観ていても緊張を強いられるショットだが、それが終わったあとのあのラストの光景になると、ついつい涙がこぼれてしまうのだ。

         f:id:crosstalk:20200516183528j:plain:w300

 アンドレイとドメニコをつなぐものとして、「犬(シェパード犬)」の存在がある。アンドレイの回想する(夢で見る)故郷のシーンにはいつもこの犬がいるのだが、ドメニコもまた現実世界で同じ犬を連れている。そのラストでも、アンドレイはその犬といっしょなのだった。

 さいしょに書いたように、その絵の美しさに惹かれ、その奥にある精神性にも取り憑かれる。わたしには、タルコフスキーの作品では(皆素晴らしいのだが)いちばんに惹かれる作品だ。