ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『ユマニテ』(1999) ブリュノ・デュモン:脚本・監督

ユマニテ [DVD]

ユマニテ [DVD]

  • 発売日: 2003/11/27
  • メディア: DVD

 最初のきっかけは記憶にないけれども、この作品を偶然の機会に観て、わたしはこのブリュノ・デュモン監督にけっこう夢中になってしまった。この『ユマニテ』はカンヌ映画祭でグランプリを得たり、フランスでの評価は非常に高いようなのだけれども、この日本ではもうさっぱりで、近年の作品は日本で公開されることすらない。

 なんで日本で受け入れられないのか? わたしは、この『ユマニテ』と『欲望の旅』と邦題のつけられた『Twentynine Palms』のDVDを持っているが、彼の作品にはプロの俳優を使わないケースも多いし(この『ユマニテ』も出演者はすべて素人である)。ま、楽しい映画ではないというか、観ていてつらいのである。それは監督独特の硬質な演出手法にもよるだろうし、ストーリー自体が「つらい」ストーリーであったりする。
 おそらくはその初期には映画祭で賞を獲ったりした作品だから、日本にも配給が続けられていたと思うのだが、どうも彼を擁護する映画批評家も日本にはいないようだし、コアなシネフィルと呼ばれるような人たちも、ブリュノ・デュモンのことはスルーしたようだ。
 おかげで2013年にジュリエット・ビノシュの主演で撮った『カミーユ・クローデル ある天才彫刻家の悲劇』なんか、一般にも受け入れられそうな題材だったにもかかわらず、WOWOWでいちど放映されただけだった(わたしは観たけれども、まあこれもつらい映画ではあったか)。
 しかし、近年の彼の作品はどうやらかなりの変化を見せてきているようで、ジャンヌ・ダルクを題材とした2部作『Jeannette: The Childhood of Joan of Arc』『Joan of Arc / Jeanne』は、ヘビメタをバックにした「ミュージカル仕立て」となっているという。観たい!

 さて、この『ユマニテ』だが、フランス北部の田舎町の刑事ファラオンが主人公。今は母親との二人暮らしをしているようだが、2年前に妻と子どもを失ったことが語られる。そのせいでナイーヴなのか、管轄地域で起きた少女のレイプ殺人事件を直視できずに涙し、荒れ地を彷徨ったりする。
 ファラオンにはドミノという女ともだちがいるけれども、彼女との関係も不可解というか、彼女にはジョセフという恋人がいる。ドミノはジョセフとのデートにもファラオンを誘うし、ジョセフとのセックスもドアを開け放ちファラオンに見られるようにする。ジョセフはファラオンをからかうし、仲が良いようには見えない。ファラオンの母はドミノに「ファラオンを誘惑しないで」という。しかしファラオンがドミノをどう思っているのかはよくわからない。
 ファラオンの勤務する警察署は、もちろん今は少女のレイプ殺人事件の捜査にかかりきりになっている。ファラオンは署長といっしょに行動することも多くなる。そしてついに犯人が逮捕され、ファラオンはその犯人と向き合うことになる。

 ‥‥いろいろと批評を読むと、この作品はロベール・ブレッソンの影響が強いのではないかという評もあるのだが、わたしはブレッソンで見落としている作品も多いのでそのあたりは何とも言えない。ただ、この映画で妙な感想は抱いたわけなのだが、それはファラオンが少女が殺された事件を直視できずに感情を乱すわけだけれども、そういう警官はデヴィッド・リンチの『ツインピークス』にも登場したな、などと思ってしまい、この『ユマニテ』はそのシリアス版なのかと思ったりしたのだが、どうも近年のブリュノ・デュモンの作品にはもっと『ツインピークス』を思わせるようなものもあるようで、テレビシリーズとして評判になった『プティ・カンカン』は、遊んでいた少年たちが海岸で女性の遺体を発見することから始まるストーリーなのだった。この『プティ・カンカン』のパイロット版は観る機会があって観たが、ミステリーとコメディーとが融合してしまったような作品で、アプローチは異なるとはいえ、いよいよリンチに接近しているようにも思えてしまう。

 しかし、やはりその硬質な演出は「アート映画」と呼びたくなるところはあり、時の刻み方、主人公のファラオンの視線の追い方などから、独特の精神性を感じさせられるし、事件の捜査以外でのファラオンの日常の描写、そしてドミノの勤め先でのストライキ騒動などからも、単に「犯罪を追う映画」ではないという印象も強い。
 この種の映画では珍しいスコープサイズの画面の中に、ファラオンとジョセフとドミノとが並ぶさまが心に残るだろうか。

 映画の冒頭はいきなりに、草むらに少女の全裸死体が転がっているところをとらえたいくつかのショットから始まるのだけれども、このショットからはぜったいにマルセル・デュシャンの遺作が思い出される。
 アメリカで出ているこの映画のノベライズ本の表紙は、そんな少女の死体のショットが使われている。

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