ワニ狩り連絡帳2

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『若き日のリンカーン』(1939) ジョン・フォード:監督

若き日のリンカーン [DVD]

若き日のリンカーン [DVD]

  • 出版社/メーカー: ファーストトレーディング
  • 発売日: 2011/02/22
  • メディア: DVD

 そのリンカーンヘンリー・フォンダが演じているのだが、ジョン・フォードの作品にヘンリー・フォンダが出演(主演)するのはこの作品が最初らしい。ジョン・フォードはこの『若き日のリンカーン』につづく『モホークの太鼓』、『怒りの葡萄』と、連続してヘンリー・フォンダを主演に迎えての作品を撮る。ジョン・ウェインとならんで、ジョン・フォードのお気に入りの俳優さんである。
 面白いのは、ヘンリー・フォンダはこの『若き日のリンカーン』でも、のちの名作『荒野の決闘』でみせた、「椅子に座って両足をそろえて大きく上げる」という特徴的な所作をやっていることで、まあこの作品の方がずっと早いのだから、『荒野の決闘』のときに、ジョン・フォードはこの作品のことを念頭においていたということなんだろう。

 映画として、たしかにリンカーンの生涯の史実をもとにした「伝記映画」とはいえるようだけれども、基本はリンカーンの弁護士時代のある殺人事件の裁判の模様を描く「法廷劇」である。
 観ていて、その「法律を学んで、街(スプリングフィールド)に出て弁護士になろう」と決めるまでの過程を描いた要領のいい導入部と、その弁護士になってのたったひとつの法廷の様子だけで、それが「リンカーンの若き日」というのは「ずいぶんアバウトだな」と思ったり、「一本の映画として伝記的な導入部は不要で、ただ<法的劇>でやっても良かったんじゃないか」と思ったりもしたけれども、この映画のラストにリンカーン像を執拗に映し、まさに「この映画が<若き日のリンカーン>を描いたものだ」ということが強調され、嵐の荒野をひとり進んでいくヘンリー・フォンダリンカーン)の姿で映画は終わる。
 「伝記映画」であることと、これはフィクションらしい法廷での名弁護士ぶりを描いた「法廷劇」とを融合させた脚本、演出はユニークなもので、つまり「この名弁護士こそがリンカーンだったのだ!」と、わかりやすく彼をヒロイックに描いたものといえると思う。

 映画として、先に書いたように伝記的事実に基づいた導入部から、フッと場面がスプリングフィールドの町でリンカーンが弁護士事務所を開くところにとび、彼がスプリングフィールドで弁護士をやっていたのは伝記的事実なのだけれども、つまりここからフィクションの世界に移行していく。このあたりの演出が面白い。
 だんだんに新しい土地に慣れてきたリンカーンが、周囲の人たちにとけ込んで暮らしている様子が描かれ、その延長で町の独立記念日のさまざまなイヴェントがかなり丁寧に描かれるのだけれども、その独立記念日の夜に殺人事件が起き、映画は「法廷劇」へと移行していく。その移行させ方が面白い。

 事件は、独立記念日で町に来ていた郊外のある家族の兄弟が、町の男とけんかになり、男が刺し殺され、兄弟のどちらかが男を刺したものとして二人とも逮捕され、「どちらが男を刺し殺したのか」ということが法廷の焦点になる。当事者の兄弟以外には兄弟の母ぐらいしか目撃者は判明しない。兄弟は互いにかばい合い、母はその証言によって兄弟の一方が縛り首になるようなことに耐えられず、証言できない。リンカーンはそこにもう一人の目撃者を特定し、彼の証言ですべてが解明されたかに思えたのだけれども、リンカーンがその証言をみごとに突き崩すのである。

 兄弟のお母さんの、家族愛にあふれた悲しみが痛切で、リンカーンと並んだときの身長差がうまく演出される。このお母さんを演じたのはアリス・ブラディという女優さんだが、まだ若いのに、惜しくもこの作品が遺作になってしまったらしい。
 リンカーンの青年期のちょっとしたロマンスも、短く描かれるのだけれども、二人の逢瀬は美しい川べりで描かれる。その恋人は夭逝されるのだけれども、逢瀬の次のシーンでは雪の中、彼女の墓に花をささげるリンカーンの姿になる。ここでその墓の背後にはやはり川が流れているのだけれども、これがよほどの寒冷地なのか、川面には流氷が流れているのが見え、その亡くなった女性との逢瀬での美しい川の姿との落差に驚かされる。

 ジョン・フォードらしくも「男と男のたたかい」も描かれるし、やはりこの作品でも、集会での男女のダンスのさまが描かれている。ここで踊るのがやはりヘンリー・フォンダなわけで、このシーンも『荒野の決闘』へと連鎖していくだろう。