ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』(2015) フレデリック・ワイズマン:製作・録音・編集・監督

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 ジャクソンハイツとはニューヨークのマンハッタンの東、ブルックリンの北の「クイーンズ区」の北西部の区域。クイーンズ地域ならば、わたしも多少の知識がある。アフリカ系、そしてヒスパニック系の住民がひしめき合い、いわゆるWASPの文化とは異なる文化の、ニューヨークの、いやアメリカの拠点のようなところだ。
 しかし、このドキュメンタリーで紹介される「ジャクソンハイツ」地域にはWASP系はもちろんだが、アフリカ系の住民もいないようだ(少なくともこの映画には登場しない)。すべての住民がヒスパニック系で、ちょうどこのドキュメント撮影時に開催されていたサッカーのワールドカップでは、皆がコロンビアを応援しているみたいだ。

 ワイズマン監督のドキュメンタリーには独特のタッチがある。ナレーション、説明字幕は一切ないし、カメラを向けてのインタビューもない。もちろん後付けの音楽もない。観ていて、「これはこういう状況なのだな」と、観客は最大限に自分の想像力を駆使して、その映像の中に入っていくことになる。そして、この作品では特に「カット割り」が多い。普通ドキュメンタリー映画というものは対象を見据えた「長回し」が多いのだが、この作品は観ていると劇映画並みにカット割りが多く、そこに「映画的な」(といってしまっていいのだろうか)体験を得ることができる。しかもこの撮影が、いつものワイズマン組の二人の、たった二人の撮影した映像で成り立っているというから驚く。

 このドキュメンタリーの訴えるのは、つまりは「多様性の肯定」であり、「民主主義の国、アメリカ」で、その民主主義で「弱者」をどう守れるか?という問題提起。このジャクソンハイツで生きる人たち、この区域にやってくる人たちの映像を通して、それがひとつの「人間賛歌」であることを了解し、登場する人たちの生き生きとした「生」がいつまでも継続することを願わずにはいられなくなる。
 この映画でクロースアップされるのは、大きく分ければ3つのポイントが見て取れる。ひとつはLGBTらのパレード「クイーンズ・プライド」の様子と、その周辺に集まる人々。そして、ジャクソンハイツで小規模な商店を営む人々にとって深刻な問題、BID(Business Improvement Discricts)の件での集会、そしてこの地域で活動するNPO、「メイク・ザ・ロード・ニューヨーク」の活動の紹介であるだろう。
 ここでわたしの感じたのは、アメリカの人々の「民主主義」への考え方、その正当性だろうか。ちょうど今日本でも参議院選挙に突入しているが、このドキュメントに登場する人は、選挙で議員を選出するということは自分たちの考えを伝える「代理人」を選ぶことだと語る。だから自分の選んだ「代理人」である議員の活動は常にフォローしている。わたしたち日本人に欠けているのは、この「選挙とは自分の<代理人>を選ぶ行為なのだ」という意識なのではないかと思った。
 この作品のつくられたのは2015年のことで、ドナルド・トランプ登場の前のことなのだが、すでにこの時期に「トランプ登場」を予見させる動きが出てきていたのだな、などと納得する。はたして今、このジャクソンハイツは、この作品撮影以降どのような変化をみせているのだろうか。
 
 この作品でわたしの好きなシーンは、どこかのカフェに集まった4人のおばあさんらが(この作品には珍しく、WASPの人たちみたいだった)、なぜか4人でニットの編み物をやりながら、町のはずれの古い墓地の話や、むかしのハリウッドスターの同性愛の話とかをつづけているシーンで、ドキュメンタリーというには仕込みっぽいのだけれども、この4人のおばあさんたちが、どうしても「マクベス」の4人の魔女に思えてしまって仕方がないのだった。
 ワイズマンの作品の中でも、「楽しい」というのではずば抜けた作品だったと思う。