ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『ニコライ・ゴーゴリ』ウラジーミル・ナボコフ:著 青山太郎:訳

ニコライ・ゴーゴリ (平凡社ライブラリー)

ニコライ・ゴーゴリ (平凡社ライブラリー)

 この書物は、アメリカに渡ったナボコフが1944年に英語で発表した評論で、ナボコフが書いて刊行されている「評論」というのはこれ一冊だけではないかと思う。こののちにナボコフコーネル大学に教授として職を得、ヨーロッパ文学、ロシア文学を教えることになり、そのときの講義記録がそれぞれ今、『ナボコフの文学講義』、『ナボコフロシア文学講義』として日本でも文庫になっているけれども、その文庫で読むナボコフの講義の進め方はまさに、この『ニコライ・ゴーゴリ』の延長にある(って、わたしはまだ『ナボコフの文学講義』をちょびっと読んでいるだけなのだし、先に書いておけば、この本の主題になっているニコライ・ゴーゴリの作品も、そのタイトルぐらいは知っているけれども、何一つ読んではいない)。

 この本はロシアの作家、ニコライ・ゴーゴリの生涯、そしてゴーゴリの作品についての、伝記的要素を付け加えた「評論」で、普通にいえば「評伝」というジャンルにあてはめられるのだろう。しかしやはりこの本はどこまでもウラジーミル・ナボコフの「作品」で、読みながらもそんなナボコフの「個性」を堪能することにもなる。このあたり、さいごの「ことわりがき」で、この本の出版者とのやりとりが(おもしろおかしく)書かれていて、ナボコフが出版者から「ゴーゴリの小説の筋が書かれていない」ことを言われ、最低限ゴーゴリのかんたんな年譜、著作リストをつけてほしいと要求されたことが書かれている。ナボコフは妥協して「年譜」だけは書き足すのだけれども、これがけっこう面白い。作品についても、『検察官』、『死せる魂(第一部)』そして『外套』の三作品のみを執拗に分析し、そのほかの作品のことはごく簡単な記述でスルーさせている。そもそも「伝記」としても、いきなりゴーゴリの「死」から書き始め、まさにラストにゴーゴリの誕生を持ってくるという、ナボコフらしい「破天荒さ」がある。
 わたしはこの、書いているナボコフの姿が目の前にチラチラするような本文を読みながら、先にナボコフの『淡い焔』を読んだばかりだし、いつナボコフ自身が「目下の私の住まいの真向かいには大変喧しい遊園地がある」とか書き加えてもおかしくないではないか、などと思ったりした。

 それでわたし自身がゴーゴリの作品をまるで読んでいないものだから、自分の読んだゴーゴリ作品とここでのナボコフによる評価とを突き合わせて考えることはできないのだけれども、「伝記」として読むニコライ・ゴーゴリという人物は一種「奇行」の連続する奇人変人のようであり、ちょっとばかりあきれてしまう。
 しかし、ゴーゴリを知らなくてもこの本で有名なのは、ここで英語には翻訳しようのない「ポーシロスチ」なる概念を紹介したことで、これは「安っぽい」とか「趣味の悪い」とかの意味を含むようなのだが、今ならばスーザン・ソンタグの唱えた「キャンプ」に近いところがあるのではないかと思う。つまりナボコフゴーゴリの『検察官』や『死せる魂』の中に、そのロシア的概念の「ポーシロスチ」を読み取る。
 このことは巻末の若島正のエッセイ「鏡の国のナボコフ」にも書かれているのだけれども、ナボコフはその「ポーシロスチ」というものをアメリカにも満ちあふれるものと捉え、それを『ロリータ』の中にふんだんに取り入れているのだった。

 読んでいると、ナボコフはそんなゴーゴリの「風景」の捉え方に、それまでのロシア文学になかったものを見出すのだけれども、そのあたりの論旨はまるで柄谷行人の『日本近代文学の起源』の、「風景の発見」を思い出させるような論旨だったことは書いておきたい。
 ナボコフはこの本の末尾に次のように書いている。

(‥‥)ここでわたしが試みたのは、彼の芸術に対するわたしの態度を伝えることであって、その芸術の一種独特な存在そのものを伝えることではなかった。わたしは胸に手を当てて、自分がゴーゴリについて勝手な想像を逞しくしたものではないと誓うことしかできない。彼はほんとうに生き、ほんとうに書いたのだ。