ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『ビル・エヴァンス タイム・リメンバード』ブルース・スピーゲル:制作・編集・監督

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 ビル・エヴァンスは、おそらくわたしのいちばん好きなジャズ・ミュージシャンだろう。ジャズのレコードでいちばんたくさん所有していたのも、ビル・エヴァンスのレコードだった。もちろん最も聴いたのは最初のトリオでの4枚だったけれども、それ以外の録音もよく聴いたが、1980年に彼が亡くなられた頃には、もう彼の新作などは聴かなくなっていた。

 ビル・エヴァンスの生涯、そして音楽キャリアについては大まかに知ってはいたけれども、特に彼のプライヴェートな生き方のことなどはまるで知らなかった。2015年に製作されたこのドキュメンタリーは、ビルとプレイしたポール・モチアンジム・ホール、ビルのプロデューサーだったオリン・キープニューズ、そして同時代のジャズ・シンガージョン・ヘンドリックスらの撮影後亡くなられた方へのインタビューも含まれ、貴重な記録になっていると思う(というか、これ以前にビルのドキュメントが撮られていないのも不思議だ)。名曲「Waltz for Debby」をビルから捧げられた当人、姪のデビー・エヴァンスも出演していたのが、何となくうれしくもあった。

 ビルの死は長年の麻薬への過度の依存が原因といえるだろう。「もっとも時間をかけた<自殺>だった」とも言われ、身近な人たちの<死>をいくつも体験したビルは、早くから世をはかなむような精神を持っていたように言われていたし、それは彼の内省的な音楽とも合わさって、まさにひとつの「ビル・エヴァンス像」というものをつくっていたのではないだろうか。わたしもそういう意味で、彼がのぞき込んだ<絶望>とかがあるとすればそれを知りたくて、このドキュメント映画を観ることにしたところがある。それはどこか、「メランコリーへのあこがれ」のようなものだろうか。そのことが彼の産み出した素晴らしい音楽とどのようにリンクしていたのか、それともしていなかったのか、そういうところも知りたいと思っていた。

 そういう興味からこの映画を観て、やはりビルの音楽キャリアの初期からの共演者、ポール・モチアンの出演は大きかったし、ビルの親族らの証言も不可欠だった。そしてビル・エヴァンス本人の語る多くの言葉。
 ビルの活動は1950年代から70年代にかけてのことだからそれなりに映像も残っているのだけれども、やはり有名な最初のトリオの演奏する映像が残っていないのは、いかにも残念なことだ。まあこのことは下手したらあのヴィレッジ・ヴァンガードでのライヴ録音だって残されていなかったということもあり得るのだから、あの素晴らしいライヴが残されたということに感謝すべきだろうか。

 わたしはずいぶん前にWikipediaビル・エヴァンスの項を読んでいて、その内容がずいぶん印象に残っていたのだけれども、そこではビルの麻薬への悪癖は徴兵されての兵役時に始まると書かれていたのだが、このドキュメントではさらりと、「ステージへのプレッシャーで始めた」というような説明ではあった。しかし、Wikipediaに書かれていた「麻薬による指のむくみ」や「歯の疾患」などはじっさいの映像で確認できたように思ったりはした。
 しかし、長く連れ添った恋人の自殺の原因はビルが新しい恋人を作り、その恋人を彼女に紹介したことによる、などというのは知らなかったし、彼のイメージが覆った気もした。プライヴェート映像で、ひょうきんにおどけて見せる姿にもびっくりだ(子供がいたことも知らなかった)。
 そういうところでビルののぞき込んだ<絶望>とは、やはり兄の死(自殺)によるところがいちばん大きかったのだろうが、その前に最初のトリオのベーシストのスコット・ラファロの事故死もあるだろうし、やはり<麻薬>から足を抜くことのできない自己嫌悪は厭世観へとつながっている気もする。恋人の自殺のあとに新しい彼女と大きな結婚式を挙げるなどというのは、わたしには彼の気もちはわからないが。

 時代にそって、彼の音楽が多数紹介され(もちろんホンのイントロだけ、というのが多いが)、また彼の音楽をあれこれと聴きたくなってしまったし、意外というか、わたしは彼の組んだトリオのメンバーを、最初のそれから最後まで、すべての名を記憶していたのだった。そういうところでは、いちばん長くビルとプレイした名ベーシストのエディ・ゴメスが、このフィルムに姿を見せて証言していなかったのは寂しいか。

 ほんとうはもうちょっとじっくりとライヴ映像など観ながら、音楽をいろいろとゆっくり聴けるような作品であればうれしかっただろうが、84分の尺では、ちょっと駆け足をしたという感覚は免れない思いがした。