ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

2019-05-01(Wed)

 今日は西荻窪で、Tさんを囲んでの飲み会に参加した。前にも書いたがTさんは「パンキッシュなパフォーマー」、「冷徹なダンスへの批評眼」で伝説の人。十年ほど前に一線を退き、岡山の方でひっそり暮らしているという情報は聞いていたのだが、何年か前にわたしとも親しいダンス批評のSさんから、「Tさんは東京に出てきてるよ」ということは聞いていた。それがとつぜんにTさんがTwitterを始められ、わたしを含めて当時のダンス関係とかの方々をフォローされたので、わたしもおどろいたものだった。それでこの日、Sさんの呼びかけでの飲み会になった。集まったのはTさん、Sさん、わたしを含めてダンサーらを中心に総勢8人。西荻窪のアジアン料理の居酒屋の2階で、皆で卓を囲んだ。
 改めて書けば、Tさんはわたしが主宰した"crosstalk"に何度か参加していただいた。わたしの"crosstalk"にどこか「伝説の」という形容が付くとしたら、それはTさんが参加していただいたことも大きい。わたしが今こうやって、ダンス関係の多くの方々との交流を持つのも、ある意味Tさんのおかげとも思う。
 そんなTさんと最後にお会いしたのは、わたしの消えてしまった記憶の奥から考えると栗東の「さきら」での問題多発のイヴェントの時だったかと思い、Tさんにそのように話したのだけれども、「いや、そのあとの府中ではないか」ということ。そう、記憶から消えてはいるけれども、「さきら」のあと、府中美術館だったかで、Tさんのパフォーマンスがあったのだ。

 居酒屋はそんなに単価が安くもないのにSさんはどんどん注文し、「あ~あ、今夜は財布が軽くなるな」と覚悟を決め、わたしも飲みたいだけは飲む。時間制約があったのか9時には会計になったのだが、Sさんが「きっと一人1600円ぐらい」などというので、「そんなわけないじゃん!」と、ちょっとあきれる。もちろん、その倍以上の会計だった。
 その居酒屋のあとは、Tさんの音楽を担当していたSさんのなじみの店(ワインバー?)がすぐ目の前にあるので、そちらに移動。けっこうアンティームな、一般客とはちがう隠れ家的なスペースをわたしたちで占領して、ワインなどをチビチビと飲みながら会話が進む。某カンパニーを主宰されていて、ヴェトナムから帰国されたばかりのHさんが、「地方でのアート・イヴェントの未来」みたいな話を、美術館のキュレーターの話などを交えて話し始めて、わたしもそのあたりは多少心得があるので、そのHさん、Sさん、ミュージシャンのSさんとわたしとかで「議論」というか、何というか建設的な話題になった。
 わたしは今までHさんとは「顔見知り」とはいえ、そこまで会話を交わしたこともなかったし、実はわたしはHさんとは「距離を置いた方がいいか」とか思ったりもしていたのだけれども、この夜の話ではHさんと意気投合できたというか、同じような考えで、Hさんの考えのサポートも出来た。(批評の方の)Sさんの意見に同意できないところもあったのだ。変な自負だが、ここでわたしも「リタイアした過去の遺物」ではなく、現在形でのオピニオンを持つことを主張できた気がして、ま、存在のアピールが出来たと思った。
 ダンサーのОさんが話しかけて来られ、共通の知人の、今は活動を休止しておられるダンサーのNさんの「家庭事情」などのお話を聞き、Oさんの「心がかり」を知った。そこで時計を見るともう11時半で、ほかの参加者の方々はたいてい中央線沿線の住民なわけだからもっと居座られるのだけれども、わたしはもう帰らないと終電がなくなってしまうので、先においとまをした。Tさんと堅い握手をし、店を出るときのHさんのやさしい笑顔が心に残った。

 とにかくはこの日は新しい元号のスタートの日(わたしには関係ないな)ということで世間は浮かれたようだけれども(「メーデー」の日でもあるのだが)、わたしも久しぶりに気のおけない人たちとの飲み会で、浮かれてしまう夜ではあった。また今夜のメンバーとお会いして、また飲みたいものだ。