ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『マイ・ブックショップ』ペネロピ・フィッツジェラルド:原作 イザベル・コイシェ:監督

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 舞台は1950年代の終わり、イギリスの海岸沿いの小さな田舎町で、戦争未亡人のヒロインが、ひとりで本屋を始めるという話。時代はちょうどナボコフの『ロリータ』が発売され、ちょっとした騒動になった時期。そんなことも映画では描かれているらしい。‥‥これだけの前知識で観た映画。好きな俳優のビル・ナイが出演しているということもポイントだったけれども。

 ヒロインのフローレンス・グリーン(エミリー・モーティマー)は町の古い家屋を買い取って書店を始めるのだけれども、町の有力者のガマート夫人は、その家屋を町の「アートセンター」にしたいとの気もちを持っていて、フローレンスの書店経営を妨害する。映画に出てくる町の住民は皆がガマート夫人の支持者というか、ガマート夫人に協力する。ただ、町のはずれの屋敷にずっと引きこもって読書のみを趣味とする老紳士、ブランディッシュ氏(ビル・ナイ)はフローレンスを支援し、まだローティーンのクリスティーンが学校の放課後にフローレンスの本屋を手伝う(この子が、のちにこの本屋の思い出を本にするという設定)。

 わたしは、もっとほっこりとするハートウォーミングな映画かと思っていたのだが、さにあらず。
 フローレンスを妨害するガマート夫人というのがドス黒で安倍晋三みたいなヤツで、町の住民は皆彼女に忖度(そんたく)してばかり。フローレンスの味方はブランディッシュ氏とフローレンスのふたりだけで、映画に登場するそれ以外の人物はみ~んなガマート夫人側。ふつうに本屋を利用する客の姿は全然登場しないという、ちょっと面白い演出。
 それでもちょっとフローレンスに気があった男(これもけっきょくガマート夫人に味方することになるのだが)が、新刊として『ロリータ』の本をフローレンスのところに持ってくる。『ロリータ』を読んで気に入ったフローレンスは、250冊注文しようと思うのだが、その前にブランディッシュ氏に読んでもらって意見を聞く。ブランディッシュ氏は「これは傑作だ。ぜひ売るべきだ」とフローレンスを励まし、『ロリータ』を大量に入荷した書店には町の人たちが殺到する。しかしそうするとガマート夫人は「書店の前に人が集まりすぎて秩序が保てない」と攻撃するのだ。

 ガマート夫人のやり方に義憤をおぼえたブランディッシュ氏は、ひとりガマート夫人宅に談判に行くのだが、あまりのガマート夫人の応対に帰り道に憤死してしまう。ガマート夫人は町に別の書店を開業し、クリスティーンを巧みに引き抜いて自分の店の手伝いをさせる(このガマート夫人の書店も映画では出てこない)。
 けっきょくフローレンスは本屋をたたんで町を出て行くことになる(それだけでは終わらないラストの挿話もあるのだが)。

 なんだか、これって今の自分の身の回りにじっさいに起こっていることと相似形じゃないかとも思われ、何ともリアリティたっぷりな映画だった。
 もっと視野を拡げて立体的な視点を持たせることもできただろうとも思えたのだが、いや、逆に視野を狭めて見せることで、逆に映画としてストレートに、それだけ豊かになっているのではないかという思いもする。
 面白いのは、そのドス黒なガマート夫人がフローレンスの店を奪って、そこを町の「アートセンター」にしようとしているあたりで、このことをブランディッシュ氏は「<アート>に<センター(中心)>など不要だ」と批判する。町民を強引に立ち退きさせてつくるスポットに<公共性>があるといえるのか?ということでもあるだろうし、<上>からの政策への疑問、批判としての視点は印象に残った。
 思いのほかビターな作品だったけれども、今、この映画を観たことは良かったと思えた。