ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『悪魔のいる文学史-神秘家と狂詩人』澁澤龍彦:著(澁澤龍彦全集・第11巻より)


 前に書いたように、ジョセファン・ぺラダンについて知りたくて読み始めた本。その他いろいろな人物が取り上げられているので、ここに目次を採録

悪魔のいる文学史 神秘家と狂詩人
 ●エリファス・レヴィ 神秘思想と社会変革
 ●グザヴィエ・フォルヌレ 黒いユーモア
 ●ペトリュス・ボレル 反逆の狂詩人
 ●ピエール・フランソワ・ラスネール 殺人と文学
 ●小ロマン派群像 挫折した詩人たち
 ●エルヴェ・ド・サン・ドニ侯爵 夢の実験家
 ●シャルル・クロス 詩と発明
 ●ジョゼファン・ぺラダンとスタニスラス・ド・ガイタ侯爵 世紀末の薔薇十字団運動
 ●モンフォコン・ド・ヴィラール 精霊と人間の交渉について
 ●シニストラリ・ダメノ 男性および女性の夢魔について
 ●サド侯爵 その生涯の最後の恋
 ●ザッヘル・マゾッホ あるエピソード
 ●アンドレ・ブルトン シュルレアリスム錬金術の伝統

 ‥‥このうち、「小ロマン派群像」に取り上げられている作家は、アルフォンス・ラップ、シャルル・ラッサイー、フィロテ・オネディ、エミール・カバノン、そしてデフォントネーの5人である。

 さて、この本は1970年7月号から1972年1月号まで、青土社の雑誌「ユリイカ」に連載されたものに「サド侯爵」「マゾッホ」「ブルトン」の3篇をプラスして、1972年の10月になぜか中央公論社から刊行されたもの。その後1982年に中公文庫から再刊されているけれども、現在は絶版なのである。河出文庫で出されていればまだ手軽に入手出来たのかもしれないが、いや、おそらくこの本は澁澤龍彦の著作の中でもちょっと敷居の高い作品ではないかと思う。上の<目次>を見ていただいても、今ではラスト3人の<おまけ>以外の作家のことを知っていたり、興味を持ったりするような読者も少ないのではないかと思う。
 しかし、それはこの本が最初に刊行された1972年においてもそんなに事情が変わるわけでもなく、やはりこれらの作家は「誰、それ?」という受けとめられ方だったのではないかと、当時「ユリイカ」を読んでいた身として思い出しもする。ただ、この時期は「文学」としてのシュルレアリスムに興味が持たれていた時期でもあり、特にアンドレ・ブルトンに関してはその<全集>というか、「アンドレ・ブルトン集成」が刊行中でもあった*1。そして、この『悪魔のいる文学史』に取り上げられた作家らは、実はたいていがそのアンドレ・ブルトンに取り上げられていた作家だったわけである。そういう意味でこの本、<アンドレ・ブルトンを読み解くための副読本>的な意味合いがあったかと思うし、また、フランス文学においての<プレ・シュルレアリスム>を探るというような意味もあったことと思う。
 当時はこれらの作家の作品の邦訳ももちろん出ておらず、この本の中で澁澤氏が(自己宣伝的に)紹介しているように、グザヴィエ・フォルヌレとペトリュス・ボレルの短編が澁澤氏の翻訳で東京創元社の『怪奇小説傑作集4』に収録されていたぐらいのものだったろうと思う。しかしその後の出版界の発展にともなって、エリファス・レヴィの『高等魔術の教理と祭儀』も『魔術の歴史』も翻訳書が出たわけだし、澁澤氏が「デフォントネー」と紹介したドフォントネーの奇書『カシオペアのΨ(プサイ)』も翻訳が出た。ちょっとひとこといえば、わたしが読んだこの『澁澤龍彦全集』、せっかくの<全集>なのだし、その巻末の<解題>でそのあたりのことを書いてもよかったのではないか、とは思う。

 それでこの本だけれども、例えば仏文学教授の書いた仏文学紹介というようなエッセイ/論文というようなものからは距離があるというか、啓蒙のための本ではあるとしても、「これは学問のための本ではありません、もっと、読者に楽しんでいただくための本なのです」という空気がただよっていると思う。
 それは例えば<魔術>などというものが、まじめに学問として取り上げるようなものではないという視点にもなってしまうのかもしれないけれども、やはり取り上げた書物のデータが掲載されないこと、もっと基礎から読み直したいという人のための「参考図書リスト」などがないことからも、これは「学術書」ではない、という見方になると思う。‥‥もちろん、このことは澁澤龍彦の著作すべてに共通することでもあろうし、だからこそ<サブカルチャー>めいた地平からの<澁澤ブーム>みたいなことにもなったのだろうと思う。
 わたしは先に書いたように、ジョセファン・ぺラダンのこと、そのエリファス・レヴィとの関係、またスタニスラス・ド・ガイタとの関係を知りたくてこの本を読んだのだが、そのあたりのことはけっこう知ることもできたとはいえ、「じゃあ<薔薇十字会>とは何なのか?」とか、いろいろとまた根本的な疑問も出てきてしまうのだった。
 先に書いたように、「もっと知りたい人のため」、関連書籍リストとかは欲しかったものだ、という感想なのでした。ま、いろいろと奇想天外な人物があれこれと登場して楽しいのではありますが、「何かを研究しよう」「もっと深く知りたい」というときには、あまり役には立たないという印象?
 

*1:しかし、全12巻になる予定だったこの<集成>、半分の6巻を刊行したところで中座してしまったのでした。