ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

「囚われの美女」(1983) アラン・ロブ=グリエ:脚本・監督 アンリ・アルカン:撮影

 ‥‥ということで、アラン・ロブ=グリエの映画作品を、これからしばらく観続けようと思う。
 ロブ=グリエという作家は、もちろんわたしの中では「小説家」、それも「ヌーヴォー・ロマン」とか「アンチ・ロマン」とか呼ばれたジャンルの代表的作家。ちょうど日本でガンガン彼の作品が翻訳紹介されたのが60年代とか70年代だったので、わたしもよく名前の知る作家だった。というか、そもそもあのアラン・レネの「世界一難解な映画」ともいわれた映画、「去年マリエンバートで」のシナリオを書いた人として映画ファンには知られているのだと思う。それでロブ=グリエ自身もその後、10本の映画を自ら監督して撮っていて、そのうちの6本の作品が今回のレトロスペクティヴで公開されるのである。
 ちなみに我が家には、むかしの「筑摩世界文学全集(「世界文學体系ではない、ひとまわり小さな本づくりのヤツ)」の「アンチ・ロマン集」というヤツがあり(古本屋で1冊百円ぐらいで買ったのだと思う)、そこにはナタリー・サロートの作品などといっしょに、その「去年マリエンバートで」のシナリオが掲載されている(天沢退二郎の訳!)のだが、実はまだ読んでいない。

 アラン・ロブ=グリエという人は想像通りにユニークな経歴の持ち主で、若い頃には農業技術の学校で学んでバナナ農場の監督官になり、その二十代のほとんどをアフリカやカリブ海沿岸で過ごしている。それで仕事の合間に小説も書いていたらしいのだが、フランスへ帰国する船の中で書いた「消しゴム」を出版し、絶賛されると。
 映画「去年マリエンバートで」は1961年の作品で、監督のアラン・レネロブ=グリエの書いた脚本を相当忠実に映像化しているらしい。それでロブ=グリエは自分でも自身で映画をつくってみたくなったのか、1963年から映画監督としての活動も始めることになる。

 この「囚われの美女」は1983年の作で、撮影を名手アンリ・アルカン*1が担当している。
 この映画を観て、やっぱり気になるのはルネ・マグリットの作品からの引用だろうけれども、ここで引き合いに出されるマグリット作品は基本「絵画の中に絵画がある」という「入れ子構造」のものなわけで、それはロブ=グリエの映画のつくり方の「入れ子構造」と深く関わっているのだと思う。

 この作品はいちおう、ヴァルテルという男が主人公であり、すべて彼の視点から進行して行くのだが、まずは「彼が見ている世界はほんとうに<リアル>な世界なのか?」ということがあり、映画の中でヴァルテルが奇怪な心霊学教授から頭に電気コードをいっぱいつながれる場面があったりして、つまりこの映画全体、もしくはその一部分が、そうやって脳機能をいじくられたヴァルテルの<妄想>なのではないか、ということにもなり、それが映画の中での「反復」、「時間軸のずれ」みたいな事象としてあらわれてくる。
 このあたりの演出、編集がたくみで、脚本の「あいまいさ」「不可知さ」がそのまま映画技法と密接にリンクしていて、つまり、「しかとしたことはわからないのだが、とにかくは面白くってしょうがない」という映画になっている。そこにはまさに、「観ることの快楽」がある。
 もちろん、「わからなくっても面白いよね」ということの奥深さもこの映画の魅力で、例えば「吸血鬼譚」〜「コリントの花嫁」への飛躍、そしてファム・ファタールとしての女性(マリー)の存在、「縛られる女性」へのロブ=グリエの偏愛(?)、などなど。おそらくは何度繰り返して観ても楽しめる映画ではないだろうか。

 さて、この作品に刑事役で出ていたダニエル・エミルフォークという役者さん、とにかく個性的な顔で、「あれ?この人、前に見たことがあるな」と思っていたのだが、あとで調べてみたら、「ロスト・チルドレン」とか「カサノバ」とかにも出演されていたようだ。もちろんもう亡くなられた方なのだがフランスでは高い人気のあった俳優さんで、ファンクラブもあったとか。わかる。わたしもファンになってしまう。
     

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ダニエル・エミルフォーク

*1:この人の撮影した映画でいっちばん有名なのは「ローマの休日」だろうけれども、ジャン・コクトーの「美女と野獣」だとかヴェンダースの「ベルリン・天使の詩」などもこの人。キャリアが長いのだ。